2-4
朝、ホームルーム前。
教室で千歳や光は亜弥たちと雑談していた。
「で、土曜日にデートに行くことになったわけだ」
翼の確認に千歳は頭を振った。
「ううん、萬屋くんもいるからデートじゃないよ」
「そ、そんな」と、和洋はうろたえた。「いや、確かにデートではないけども」
「いいなー。あたしも行きたーい」
「みんなで出かけようかとも思ったんだけど、そういや次の土曜日みんな忙しいんだったなっと」
「んー。まあねー。腐女子友達と出かけることになってたからなー。他の県から来る子もいるからそっちはいまさら断れないしな」
「じゃあ翼も今度行こ」と、光は声をかけた。「よかったらみんなでさ」
「いいね! ありがと光くん! あなたいい子ね」
「会長、おれ、いい子だって」
「そう、よかったな」
「わー。よかったなだって」
「よかったねー光くん」
「いや、あの……」
テンションの高い二人と、困惑する和洋をよそに、乃梨子が千歳に訊ねた。
「それで、どこ行くの?」
「その話を今日しようと思って。どこ行こうかなーと」
「映画とかでいいじゃん」
亜弥の提案に光は、えー、と嘆いた。
「せっかく出かけるのに二時間沈黙っていうのもなー」
「カラオケとか?」と、翼。
「ああ、それはいいかも」と、千歳。「そういえばしばらく歌ってないよね。乃梨子、喉の調子どう?」
「うん、ちょっとまだキツいかも」乃梨子は花粉症だった。「もうちょっとしたら落ち着くと思うから、そしたらまた行こ」
「いいね! あたしもそろそろ歌いたーい」
「翼は歌うまいの?」
「あたし自慢じゃないけどうまいよ! 光くんは?」
「うーん。自分じゃわかんないけど。声はいいって言われるんだけど、それだけー」
みんなで雑談している様を和洋と隆太は遠巻きに見ていた。
「よかったな、北原がヤバいやつじゃなくて」
と、隆太は和洋に話しかけた。
「まあね。普通にはね」
「陸上部の朝練ちまちま来てるの最近話題だぜ」
「う、うーむ……まあ、普通に話してる分にはいいやつだし」
「真壁と相性がいいみたいだな。やっぱゲイ繋がりかね」
そこで光は隆太の発言に突っ込みを入れた。
「BLとは違うよー。翼はリアル志向だから話が合うって感じで」
「リアル志向ねえ。それがよくわかんねえんだよな。俺はそういう本読まないし、こっち系のことよく知らないし」
と、隆太は手首を上向きにさせて顎の下に置いた。
光はやや不満がった。
「そのポーズ、やめてほしいな。おれ、別にオネエじゃないし」
「オネエとゲイって違うの?」と、乃梨子は訊ねた。「同性愛者の男性だよね」
「違うし、テレビのオネエタレントは仕事でやってるわけで。普通のゲイはあんな感じじゃないし」
「それって、なんか」
このまま言葉を紡いでいいのかわからず、乃梨子は口ごもった。
「なに、土橋さん?」
「うーん……なんていうか。“普通”って十人十色でしょ。多様性の時代だし。テレビに出てる人たちが普通じゃないっていうのは、なんか」
「テレビに出てるんだから普通じゃないでしょう」と、亜弥。「普通じゃないからテレビに出られるんだし」
「うーん……」
そこで隆太が乃梨子に助け舟を出した。
「乃梨子が言いたいのは、自分は普通だけどオネエは普通じゃないって言ってるのが気になるってことだろ」
「そう」
と、乃梨子はうなずいた。
そこで光は困惑した。
「いやあの、オネエは普通じゃないってことじゃなくて、おれみたいなただの男なゲイが圧倒的大多数ってこと」光は続ける。「みんなはテレビとかでしか知らないかもだけど」
「わかるわかる。ゲイ=オネエみたいな図式だとゲイの人困るよね」と、翼は光に同調した。「ほんとはオネエの人って少ないのにねえ」
「いやあの、別に少ないわけでもないんだけど……」
「え、多いの?」
目を丸くさせた翼に光はうろたえる。
「いや多いってわけでもないんだけど」
「でも、それってオネエの人に失礼なんじゃない?」
そう続ける乃梨子に亜弥は訊ねた。
「どうもあんたさっきから突っ込むね」
「だって、行きつけの美容院の美容師さんがゲイで、すごくいい人だから」
「ああ、ハイテンションな感じって言ってたな」と、隆太。「だから北原の言うことが気になるんだ」
乃梨子は続けた。
「その美容師さん、話がすごく面白くて、髪も他のゲイとかじゃない人と違ってすごくできがいいの。やっぱりゲイの人っていいなって」
「いやあの、別にゲイがみんながみんな特殊能力者じゃなくて。ていうか別に普通の人が普通だよ」
「“普通”っていうのが気になるの。どうしてそんなに普通にこだわるの」
「おい、乃梨子」
と、隆太は不安そうに乃梨子に声をかけた。
これでは光と乃梨子の口論になってしまっている。他のみんなはどうしようと思ったが、二人は止まらない。
「普通にこだわってるとかじゃなくて、その土橋さんの美容師さんとかも別に普通なんだけど、ザ・ただの男なゲイが圧倒的多数ってだけだよ。テレビとか目立つ人はオネエの方が目立つかもだけど」
「じゃ、どうして目立つ同性愛の人はオネエの人ばっかりなの?」当然の疑問を自分は抱いている、と言わんばかりの乃梨子は追及した。「毎日どこかのチャンネルに出てるけど」
「そりゃやっぱ、ただの普通な男のゲイ、を使っても面白くないんだろうし」
「面白いって……」
亜弥は光に助け舟を出す。
「北原の言う面白さっていうのは、視聴率がどうとかそういうことでしょ」
「それは、そうかもだけど」
乃梨子がそのゲイの美容師の話をすごく楽しそうに話している様子はみんな知っていたが、しかしいつも穏やかな乃梨子がなんだかしつこい、と、全員が思った。
「おい。どうしたんだよ。お前にしちゃずいぶんしつこいな」
「わたしは、ただ、その美容師さんがいい人だから、北原くんの“普通”っていうのがとにかく気になるっていうか––––」
と、そこで一瞬口ごもったが、しかし乃梨子は続けた。
「いやなの」
「いや、だから––––おれだって別にオネエの友達とかいるけど、テレビはテレビで仕事は仕事で、目立つ人がたまたまオネエなだけで、おれは別に……」
そのときチャイムが鳴った。
「あ、ホームルームだ」と、千歳はほっとした。「とにかくまた昼休みに計画を立てよ。ね、萬屋くん」
と、声をかけたが、和洋はなぜかぼんやりとしていた。
「和洋?」
と、亜弥に声をかけられたことに気づき、和洋は反応を示した。
「え? あ、うん。じゃあ昼休みにな」
「ごはん食べながらねー」
光は嬉しそうにそう言って席に戻った。その表情にどこか暗いものがあることを、和洋も千歳も気づいていた。
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