第137話 抱く想いと抱える悩み

 アルトが眠ってしまったことに気が付かず、リンザローテは遥か天空の月を見つめながら彼に話かける。


「あの、アルトさん。学校を卒業した後のことなのですが……あなたの夢をわたくしにも手伝わせてほしいのです。アルトさんの故郷であるボラティフ地方に学校を作るというその夢を。わたくしは何度もあなたに救われて、まだ全然恩返しができていませんわ……だからこそ、少しでも力になりたいと思っているんですのよ。こうして隣に並んで、ずっと……」


 当然ながら返事はない。ただ虫達の鳴き声と、夜風がグラウンドを吹き抜ける音だけが場を支配している。

 そんな状況に、どうしたものかとリンザローテはアルトの方へと顔を向けた。


「ア、アルトさん!? 寝ていらっしゃったのですか……」


 月明かりに照らされるアルトの寝顔は、心底リラックスしているように穏やかであった。この自然のベッドの上で、極上の睡眠時間を過ごしているらしい。


「も、もう……」


 決意表明というか、アルトへの想いも籠めたセリフを彼が一切聞いていなかったことに頬を膨らませる。

 だが、怒っているわけではない。すぐさま慈愛に満ちた表情に変わって、アルトの頭を優しく撫でる。

 その様子は母親のようであった。


「やぁ、リンザ。こんなトコロにいたのかい」


 と、小さな足音と共に現れたのはロッシュであった。

 その接近に気が付かなかったのは、リンザローテがアルトに夢中だったためであり、戦いの時のように警戒している状態でなければ意外と他者の存在に気が付くのは難しいものだ。


「ロッシュさんこそ、何故ここに?」


「ああ、それがね……ボクとしたことが道に迷ってしまってねっ! さっきまでドワスガルの女子に囲まれて楽しい食事会をしていたのだけど、帰ろうとしたらココに辿り着いてしまって」


「宿への道は反対側ですわよ。あと、少し声量を落としてくださるかしら」


 リンザローテはムッとしながら、寝ているアルトを手で示す。

 ロッシュはもともと声がデカくテンションの高い人間で、こういう落ち着いた場面でもそれは変わらない。


「おや、これは失敬。フフフ、リンザってば母親のような注意の仕方をするんだねっ!」


「アルトさんの母親役というのも悪くありませんわね……そ、そうじゃなくて、声をもっと小さくしてと言っているんですのよ!」


 小声ながらも怒鳴るという器用なマネをしつつ、ロッシュに向かってビシッと指を差す。これは、気持ちよさそうに眠っているアルトが起きてしまったら、どのように責任を取ってくれるのかという意思表示であった。

 そのリンザローテの怒りを受けたロッシュは、口元に手を当てながら彼女の隣に腰かけた。


「すまないね。にしても、キミはアルト君を相当気に入っているようだね? 彼はボクから見てもイイ男だし、好意を抱くのも分かるよ」


「わ、わたくしは別にそのぉ……」


 リンザローテはモゴモゴと口ごもり、素直な気持ちを表に出したりはしない。

 それは単純な理由で、すぐ傍にアルトがいるからであり、さすがに当の本人の前では好きだと簡単に言えはしなかった。


「しかしリンザ、例の件については承知しているだろう? 夏休みにご両親から聞かされたハズだよ?」


「…ええ」


「それについて、キミはもう答えは出したのかい?」


「まだですわ。わたくしは……」

 

 ロッシュの追及に、更にリンザローテは縮こまる。

 どうやらリンザローテは夏休み中、実家に帰省した時に何か重大な選択を迫られたようだ。

 だが、その結論をまだ出せずにいるようで、リンザローテは顔を伏せて思考を巡らせている。


「そうか。今回ボクがドワスガルに来たのは、キミの答えを聞くためでもあったんだ」


「だと思いましたわ。でも急な話ですもの……簡単に答えは出せませんわ」


「キミの意思は尊重するよ。しかし残された時間は少ないのだから、真剣に考えておいてほしいな」


 それだけを言うと、ロッシュはリンザローテからの返答を待たずに再び立ち上がる。


「邪魔してしまったね。ボクは宿に帰るよ。明日の最終日も良い学校祭になるよう、ボク達も協力は惜しまないからね」


 と、ロッシュは手をヒラヒラと振りながら元来た道へと足を向ける。

 リンザローテは立ち上がることなく薄暗い中でその背中を見送り、アルトの方へと振り返った。


「…分かってはいますわ。こんなわたくしがガルフィア家の役に立つためには、それが良い方法であると。でも、諦めたくなんてありません。わたくしは……」


 その悲し気な姿には哀愁しか感じない。さっきまでの楽しい気分など吹き飛んで、ため息の吐息だけが漏れ出す。


 アルトが目を覚ますまでの間、思い悩む乙女の目には星空など映らなかった。






 三日目の学校祭も特にトラブルに見舞われることもなく、無事に閉幕の時を迎えた。

 初日の騒動のせいで当初のイベント内容とは大きく変更されてしまい、正直なところ失敗の烙印を押されても仕方がないのだが、それでも可能な限りの挽回をした点は褒められてしかるべきだろう。


「学校祭もいよいよ終わりか……」


 夕刻、アルトは駅舎を訪れていた。ブロデナンゾ魔法高等学校へと帰還するロッシュらを見送るためである。

 この仕事さえ完了してしまえば、もう後片付けが残るだけであり、近くにいる生徒会の面々も肩の荷が下りたように表情を緩めていた。


「アルト君ッ、キミには大変お世話になったねっ!」


 魔法列車に荷物の詰め込みを行っていたロッシュは、アルトに気がついて相変わらずのテンションで手を振っている。その元気さは、普段大人しい方であるアルトにとっては羨ましい限りだ。


「いえ、こちらこそですよ。ロッシュさんの協力があったからこそラグレシアを退治できたわけですし」


「いやいや、アレは元はと言えばボク達の責任だもの。そういえば、リンザは?」


「リンザ先輩はアッチにいらっしゃいますよ。ブロデナンゾ高校の教師の方々に挨拶をしているところです」


 アルト達と少し離れた場所で、リンザローテはブロデナンゾの教師陣と握手を交わしていた。

 それを見たロッシュは、昨日覚えたての小声で話すというスキルを活かし、アルトの傍に寄って問いかける。リンザローテには聞かれたくない内容なのだろう。


「あのな、アルト君よ。キミはリンザの事をどう思って……いや、これは余計なお節介だったかな……」


「…? 俺はリンザ先輩を尊敬していますよ。とても頼りがいのある方ですし、それに優しいんですよ。俺をいつも気に掛けてくださっていて。俺はそんなリンザ先輩のため、出来る事は何でもするつもりです」


 という返答をするアルトを見て、ロッシュは何かを感じ取ったのか目を閉じ頷く。


「そうか。ボクとキミが次に再開する時、恐らく来年の全国デュエル大会あたりになると思うけど、その時もしかしたら少々複雑な関係になっているかもしれないな」


「どういう意味です?」


 前日のリンザローテとの会話を思い出しつつ呟くロッシュ。

 リンザローテとの間にある秘密はアルトに想像できるものではなく、ロッシュの言い様に首を傾げるばかりだ。


「いずれ分かるさ。まあともかく、キミはキミの気持ちと信念を大切にしなさいよ。個人的にもキミとデュエルで勝負したいし、再び相まみえる機会を楽しみにしているよっ!」


 そう言って、ロッシュはアルトの肩をポンと軽く叩きながらリンザローテのもとへと歩み寄って行く。

 アルトは要領を得ないなと疑問に思いつつも、彼の背中を見送るしかできなかった。

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