第5話 謝罪、学生寮にて

 少し方向音痴の気があるアルトは、ようやく自分の学生寮を探し出して辿り着いた。一応は東西南北の方角を示してくれる魔法も存在しているのだが、そもそも自分から見てどの方角に寮があるのかが分からなかったので使用出来なかったのだ。


「ここか。特待生用の学生寮ってのは」


 彼に割り当てられた寮は他の施設よりも外観が豪勢で、これは特待生用の寮施設である。男子生徒用と女子生徒用の二棟が少し離れて並び立っていた。


「ふーん……特待生用の寮は一人部屋なのか。ま、ありがたいな」


 パンフレットに記された説明を読みながら寮の入口を通り過ぎると、広いエントランスに立っていた女性から声を掛けられた。


「アルト・シュナイド、やっと帰ってきましたわね」


 ビクッとしながらパンフレットから目を離して顔を上げると、そこに居たのはリンザローテであった。アルトは間違えて女子寮に入ってしまったのかと慌てて周囲を確認するが、どうやら間違えてはいないらしい。


「あの、俺に何か? もしかして、まだ俺を退学させようと!?」


「違いますわ! 今回はアナタに謝罪をしようとして……」


「謝罪?」


「ええ……アナタには大変な迷惑をかけてしまいましたから……」


 リンザローテは本当に反省をしているようで、最初に出会った時の覇気など一切無く、意気消沈したように俯いている。


「あの、こんなトコロではなんですから場所を変えましょう。と言っても、静かに話が出来る場所とかを俺は知らないのですけど……」


「では、あなたの部屋ではいかがでしょう?」


「エッ!? そういうのってマズいんじゃ!?」


「特待生同士であれば、双方の合意と同意があれば問題ありません。勿論、無理矢理の場合は校則違反を超えて犯罪ですけれども」


 いくら特待生とはいえ、そんな特権が与えられるのはどうなのかと疑問に思うが、認められているのだから咎められはしないだろう。

 入寮日に女性同伴というトンデモな事が起きているが、そもそも今日は色々とあったので、もう何でもござれとアルトは承諾して部屋へと向かうのであった。




「へぇ、俺の実家よりも遥かに立派は部屋じゃないか。ちょっと落ち着かない雰囲気にも思えるけど……」


 部屋の内部には、ベッドやテーブルなどあらかじめ設置されている家具があり、それらはアルトの暮らしていた実家と比較にならないくらい豪勢な物だ。貧しい地域で暮らしてきた彼にとって、これは逆に馴染めない環境であるとも言えるが。


「あなたの荷物などは無いのですか?」


「え、ああ。このリュックに入っている物だけですよ。金も無ければ物も持っていなかったので、最低限ですけど」


 アルトは肩掛けにしていたリュックをベッドの上に置き、リビングの椅子に腰かけて、テーブルを挟んだ対面にリンザローテも座る。


「では、改めて……今回の一件、本当に申し訳ありませんでした。わたくしの身勝手に巻き込んでしまって……」


「でも、事情があったんですよね? あのヴァルフレアというS級魔法士の二年生が関わっているのでしょ?」


 リンザローテがヴァルフレアのために行動していたのは間違いない事実で、二人が何を画策していたのかがアルトは気になった。


「わたくしは彼と懇意にしていたのです。といっても別に交際していたわけではなく、いわば取り巻きの一人だったのですわ」


「あの人、何人も女子生徒を引き連れていましたね。その中の一人だったと?」


「ええ。最初の頃はS級魔法士であるヴァルフレアとお互いに力を高め合い、魔法士として更に成長できると期待していましたわ。でも次第に彼は怠惰になり、わたくしは彼の使い魔のような扱いになっていって……」


「なんで彼から離れなかったんです?」


「出会った時のような気概のあるヴァルフレアに戻ってほしかった。わたくしは、彼を更生させたいと考えていたのです。けれど、わたくしも彼に仕えるうちに感覚が麻痺していって、今の環境に慣れてしまった。彼の手先として働く事に躊躇がなくなっていたのです」


 アルトの印象ではヴァルフレアはクズな小物であったが、昔は違ったようだ。S級魔法士としてチヤホヤされる内に性格が歪んでしまったのだろう。


「そして、ヴァルフレアは前からこの学校に新たなS級魔法士が入学してくることを危惧していましたわ。自分への注目や敬意が分散して薄れて、影響力が落ちると考えているのです」


「自分だけが皆からヨイショしてほしいから、他にS級魔法士が来ると不都合なんですね。まったく、なんて話だ……器が小さいというか……」


「本当にそうですわね。ですが、ヴァルフレアと同じようにわたくしも愚かな人間ですわ。彼から離れて現実を見れば、時間を無駄にしてきたと呆れてしまいましたもの。フフ、本当にバカだった……」


 自嘲するようにリンザローテは乾いた笑い声を漏らし、拳を握り絞めている。


「まあ自分語りはここまで。さてと、わたくしは退学を校長に申し上げて参りますわ」


「退学!? やっぱり俺を学校から排除しようとしていらっしゃる!?」


「違いますわよ。わたくしの退学を、ですわ」


「え!?」


 今日のアルトは驚きっぱなしだ。

 予想や想定を超えた出来事ばかりに遭遇して、心が安らぐ機会を与えてはもらえなかった。

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