第48話 はゆる、彼女の隠された過去を知る②
「捨てられ、た……?」
「そう。彼女は、まだ一歳だった。彼女の両親は、人間であることを疑ってしまうほどに、娘に対して愛情を持たなかった。初め、二人は
春江おばあちゃんの口ぶりは、自分自身の秘密を明かしているみたいに、生々しく、重苦しいものでした。
「私は楓縁館を去った後も、映ちゃんにはこの話を決して明かさないと決めていた。けれど、やがて成長した映ちゃんは、自分の生い立ちに疑問を抱き、ついに自ら真実にたどり着いてしまった」
おばあちゃんはテーブルの上で、傷ついた小鳥を守っているみたいに、皺だらけの手をそっと重ね合わせました。
「確か、小学校の四年生になってすぐの頃だった」
前触れも自覚もなく、私は声を発しました。すぐに、はるなちゃんが喋り出したんだと気がつきます。
「親に関する真実を知った映ちゃんは、絶望のあまり錯乱して、手当たり次第に暴れたんだよ。過呼吸を起こして意識を失うまで、誰にも止められなかった。職員さんと子どもたちを合わせて十人以上が怪我を負ったと思う。その事件以来、映ちゃんは感情が
はるなちゃんは、どこか他人事のように語りました。彼女の頬や目元は、未だ痛々しく腫れ、熱を帯びています。
「楓縁館のみんなが映ちゃんを避け始めたのは、その時期からだった。だから、はゆりんごが映ちゃんの身体に入って性格が変わった時、みんなはここぞとばかりに映ちゃんを
かつて、楓縁館の子どもたちから向けられた視線や言葉が、走馬灯のように脳内を駆け巡りました。
なんらかの問題を起こして入居を断られたのだと、ずっと思っていました。それは半分当たっていて、半分間違っていたのです。
〝私〟も――別の世界の私も、私と同じように両親の喪失を経験していただなんて。それも、一度たりとも愛情を与えられることのないまま……。
気づけば、私は痛いほどに拳を握りしめていました。
「もう一度、映ちゃんのところへ行ってくるわ」
その時、春江おばあちゃんがゆっくりと立ち上がりました。
「彼女を、ここに連れてくるわね。あなたたちが、それぞれ自分自身の言葉で、向き合うことが大切なのよ」
そう言って、おばあちゃんは扉に向かって歩き出しました。その小さな後ろ姿に、
「あの……ひとつだけ、聞いてもいいっすか?」
渡くんが控えめに声をかけました。
「どうして、そんなに大切なことを今の今まで内緒に? ばあちゃんはこの三年間ずっと、
「……彼女のことを明かせば、こちらの映ちゃんは必然的に、自分がこの世界の人間でないことを知ってしまうからよ」
「ああ、そりゃそうか……。えっ、じゃあ、逆にっていうか、どうして今このタイミングで?」
「俺が教えたんだ」
突然、それまで沈黙を保っていた日向太さんが口を挟みました。
「映が、楓縁館という施設の名を出した時……俺は、どこかで聞き覚えがあるような気がしていた。思い出すのに少し時間がかかったが、ばあさんの建てた児童養護施設であることに気がついて、連絡を取った」
春江おばあちゃんはこくりと頷きました。
「夕方、普段と様子の違う映ちゃんと、お部屋の前で会った。そして翌朝には、あなたの……あなた、お名前は?」
「ぼ、僕? 渡です」
「下のお名前も知りたいわ」
「
「そう。仁平くんの身体に
「それに関しては、俺も大いに反省しなければならない。楓縁館と聞いた時点で、ばあさんに知らせていれば……もっと早く、映の身体にたどり着いていたはずだった」
私は完全に会話に置いていかれて、肩身が狭いです。クラスのみんなが、私一人だけが見ていないドラマの話題で盛り上がっていた時と同じ心地がします。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
慌てて、会話を遮りました。
「春江おばあちゃんと日向太さんは、その、もともとお知り合いなのですか?」
尋ねながら、二人を交互に見つめます。冷たく鋭い空気感を纏う日向太さんに、猫のようにまったりとした春江おばあちゃん。接点があるようには、とても思えません。
すると、春江おばあちゃんは途端にきょとんとした顔をして、
「知り合いもなにも、日向太は私の孫よ」
「え」
「連絡が来た時には、とても驚いたわ。まさか日向太が、映ちゃんと出会っていただなんて」
「えっ」
「不思議な縁が、二人を結びつけてくれたのねえ」
「……えええええ!?」
私は珍しく大声を上げました。多目的ルームの外だったら、司書さんに注意されてもおかしくないくらいの大声でした。
改めて、二人を何度も何度も見比べます。この二人が……血の繋がった、祖母と、孫?
「お……おばあちゃんは、ほんとにおばあちゃんだったの!?」
「なぁんで隠してたんすか! それこそ、もっと早く言ってくれりゃよかったのに!」
紅愛ちゃんと渡くんも仰天した様子です。
「別に隠していたわけじゃないさ。聞かれなかったから、言わなかった。それだけだ」
日向太さんが何食わぬ顔で言いました。
私は開いた口が塞がりませんでした。相変わらず掴みどころがないというか……純粋に、変な人です。変すぎます。
「……なにはともあれ、お話ができて、嬉しかったわ」
ようやく私たちが驚愕の事実を受け入れ始めた頃、春江おばあちゃんは今度こそ、多目的ルームを後にしました。
けれどほんの少し歩いたところで立ち止まると、顔だけを私のほうに向けて、柔らかく微笑みました。
「あの子も、あなたも、とてもいい子よ。私には、ちゃんとわかる」
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