第19話 はゆる、ではなく、はるなちゃんの推理②

「つまり、はゆりんごに漂意をしてる真犯人とは別に、車かなにかを用意して、はゆりんごの身体を運んだ共犯者がいるのかもしれない」


 はるなちゃんの推理を聞いて、私は獅子舞に頭を噛みつかれたような心地がしました。


 犯人は複数人いる――どうして今の今まで、そこに想像が至らなかったのでしょう。幾何の証明問題で、一本引きさえすれば格段に考えやすくなる補助線の引き方を教えてもらった時みたいな気持ちです。同時に、私には及びもつかない洞察力を発揮するはるなちゃんに、尊敬を取り越して畏怖いふに近い感情さえ抱きました。私がここに連れてきたからこそ名探偵はるなちゃんの活躍の機会が生まれたという点では、私の洞察力も少しは称賛に値する……と信じたいけれど。


「推理に水を差すようで申しわけないが……二点ほど、指摘してもいいかな」


 その時、背後にいた汀さんが、控えめに私たちの視界に入ってきました。


「まず、犯人がおみくじを引けた時間は身体が奪われたのと同じ昼間だった、だから移動速度が異常――という考察は、やや飛躍しすぎている感がある。それこそ廿楽織神社の巫女さんは、昼という言葉を〝太陽の出ている時間〟といった意味で口にしたのかもしれない。だとすれば、映の身体が高校から神社まで高速移動したことの証明にはならないだろう。それに――その末吉の日付だって、偽装されたものでないとは言い切れない。つまり、本当に昨日引かれたものかどうかは怪しい」


 汀さんは淡々と言うと、額を拭いました。言われてみれば確かに、反駁はんばくしようのない正論です。

 はるなちゃんは急激に萎縮して、「そっか……」と肩を落としてしまいました。私は気の利いた励ましの言葉をかけようとしたけれど、


「はゆりんごの役に立ちたいばっかりに、考え方が短絡的になっちゃってたかも……」


 失望に沈んだ声が耳に入って、私のかけるべき言葉のすべては溜息となって口からこぼれていきました。なんて健気で慈悲深い子なのでしょう。漂意中のため私からは見えないだけで、はるなちゃんの背後には常に後光が差しているのかもしれません。

 なんて思っていると、私と同じくはるなちゃんの聖女ぶりに圧倒されたのか、汀さんが少し慌てた口ぶりで「まあ、この声明文を信用するならば、煎相いりあい駅に行ってみる価値はあるかもしれないね」と付け加えました。


 私は再び、手の中のおみくじに視線を落とします。


 ――煎相駅にて、貴女を待つ。


 身体を奪っておいて、逃げるどころか堂々と待ち構えていると宣言するとは、なんとも挑発的です。私は無意識のうちに手に力を込めていて、くしゅりと音を立てて紙が歪みました。


「これから向かうべきは……煎相駅」


 はるなちゃんの声で、自分に確かめるように呟いた直後、


「あっ、はゆりんご待って」はるなちゃんの左手首の腕時計が視界に入りました。「ごめん、私これから塾だ」


「おっと。それは仕方のないことです。でも……これでは駅まで行く手立てがありませんね」


 言いながら、私は香椎さんに熱烈な視線を送ります。香椎さんは視線から身を守っているつもりなのか、くねくねし始めました。


「ええええ、でも私、このあとシフトが……」

「店のことなら気にするな。君は映の力になってやってくれ」と汀さん。

「えっ?」

「もちろん、今日香椎くんが働くはずだった時間分の給与は、きっちり支払う。君は映を駅に送り届けるんだ。これは店長からの、業務命令だ」

「い、いいんですか!?」


 香椎さんはパフェを奢ってもらったみたいに目をきらきらさせました。


「映さんとデートだ! わああい!」


 外出の趣旨を取り違えている気がしますが、受漂者になってくれる以上、文句は言いません。私ははるなちゃんに感謝を告げて身体を離れました。乗り換えて、すかさず香椎さんの魂を起こしてあげると、香椎さんはまたしても全身をくねらせました。おかしな癖の持ち主です。


「ひとまず、それは私が預かろう。印字が本物かどうか調べてみるよ」


 私は頷いて、犯行声明付きのおみくじを汀さんに手渡しました。それから私こと香椎さんは、クオラル堂と大きく記されたエプロンを外し、小さなリュックサックを背負って、晴天の下を歩き出しました。

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