第18話 はゆる、ではなく、はるなちゃんの推理①

 はるなちゃんは咳払いをひとつしてから、記憶を拾い上げるようにして語り始めました。


廿楽織つづらおり神社を出るはゆりんごを見かけたのは、昨日のお昼過ぎ……正確には十四時半過ぎだったと思う。その時点では、はゆりんごの身体が神社に入ったのはいつだったのか、私にはわからなかった。でも、これのおかげでわかった」


 そう言って、はるなちゃんは手の中のおみくじを軽く持ち上げました。


『どうしてです?』


 尋ねると、はるなちゃんは「見て、ここ!」とおみくじの枠外を指さしました。そこには昨日の日付が小さく印字されています。全自動おみくじマシーンは全自動なだけあって、さながら飲食店のレシートみたいに引かれた日付が紙に記されるようになっているのです。でも、読み取れる情報は日付だけです。


『これだけでは、私が神社に足を踏み入れた正確な時刻なんて推測できないでしょう。昨日だったということは既にわかりきっていますし』


 はるなちゃんの中で、私は唇を尖らせました。すると、はるなちゃんは静かに首を横に振りました。


「思い出して。さっき私たちが引いた時、おみくじマシーンはじゃなかったんだよ」


 まるで脈絡のないことを唐突に言われて、私は頭から冷水を浴びせられたみたいに目をしばたたきました。そんな私を心配してか、はるなちゃんは続けて説明してくれました。


「マシーンは壊れて、私たちが行った時にもまだ完全には修理できてなかった。だから、手動で取り出すしかなくて――」


 言いながらはるなちゃんは、さっき自分が引いた大吉を私に見せました。


「ほら、日付が印刷できてないの」


 目の前に掲げられる、はるなちゃんの大吉と犯人の残した末吉を見比べてみます。確かに大吉のほうには、枠外に「 年 月 日」としか表示されていません。


「そして巫女さんは、壊れたのは昨日のお昼だったって言ってた。ここから考えると、ちゃんと日付が印刷されたおみくじを引けたってことは、はゆりんごの身体はマシーンが壊れちゃう前……つまり昨日のお昼よりも前に、廿楽織神社に立ち寄ったことになるはず」


 はるなちゃんの説明は塾の先生みたいに丁寧で、わかりやすいものでした。

 しかし私の身体が神社にあった時間を突き止めたからといって、犯人の正体や目的はようとして知れないままです。そう言おうとした時、


「ひとつだけ、今回の事件に関する、すごく大事なことがわかったかも」


 はるなちゃんは、独り言のように声をこぼしました。


「はゆりんごが身体を盗られたのは、五限の授業中だったんだよね? でも、お昼に廿楽織神社にいたことは確実。これって、どういうこと?」


 はるなちゃんの質問を反芻はんすうして、私はわずかに顔を引きつらせました。


『時間が、巻き戻ってる……?』

「うーん、その可能性もなくはないけど」


 私としては真面目に答えたつもりだったけれど、軽くあしらわれてしまいました。


「この場合、盗られたのも神社にいたのも、って考えるのが自然だね。でも、想像してみて。はゆりんごの高校から廿楽織神社まで、どのくらい時間がかかる?」


 なんだか尋問を受けているような気分です。はるなちゃんの身体は居心地がいいものですから、私はついつい猫みたいに丸まっていたけれど、この時ばかりはぴんと伸びて頭を働かせました。


『電車を利用したとしても、学校から駅までの距離を考えれば少なく見積もって三十分……徒歩だけで向かうとすれば、もっともっと長い道のりになるはずです』


 たどたどしい回答に、はるなちゃんは優しく頷いてくれました。


「五限が始まってすぐに身体を奪ったんだとしても、はゆりんごの身体ひとつで向かったんじゃ、神社に着く頃にはお昼くらいになっちゃう。おみくじを引いたのもお昼だったなら、明らかに移動が速すぎるの」


 そこで、はるなちゃんは一度言葉を切って、


「――犯人は、一人じゃないのかも」


 静かに、そう言い添えました。

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