第2話部屋

 ユキタカさんと過ごし、数か月が経った頃。

未だに彼女の本名は知らないが、僕は彼女に気に入られたようで色々な所へ一緒に出掛けたりしている。


 そんな僕の生活を見て大学の先輩や同級生からは、"あんな美人と付き合えて羨ましいヤツだ"と妬まれたりしていた。


 確かに、表面上だけを見るとそういう印象も持つのだろう。

 ユキタカさんは知的な印象で誰とでもフレンドリーという人では無いので、彼女と深く関わっている人は少ない。とは言え、話しかけられればそれなりに会話のキャッチボールをこなす気さくさも持っており、周りから嫌われるようなタイプでもない。

 それでいて容姿も良いのだ。

 綺麗な長い黒髪に色白、スタイルも良いと揃っているおり、周りからの総評としては"20代中盤の綺麗で知的なお姉さん"といったところで、研究室内での評判は良かった。


 そんな人に気に入られていると思われてるのは悪い気がしないので、周りには詳細は話さずに小さな優越感に浸っていた。


 ただ、本当のところは皆が思うような付き合いではないし、本当の彼女も皆の印象とは大きく異なる。

普段のユキタカさんは他所行きの顔をしているのだ。


 素の彼女は結構ガサツでお淑やかなタイプでは無い。しかも、普段周りへ振る舞っている笑顔は営業スマイルであって、他人になんてこれっぽっちも興味はないのが本心で、オカルト以外の話は面倒くさそうな対応をしてくる。

 オカルトという水を得ないとタバコを吸う死んだ魚といった印象なのだ。


 正直な所僕がよく誘われるのも、オカルトという共通点があるからだけであって、それが無かったら僕も眼中に無いのだろうと思う。

 そんな所が悲しくて、男として見てもらえる日は来るのだろうかと密かに淡い夢を抱いていた。

 そんな事を考えている時に事件が起きた。


「夜、家に来ないか」

ユキタカさんから誘われたのだ。


「い、家ですか!?」

自然とのどが鳴る。これは、ようするにそういうことなのか?

 わざわざ家へ呼ぶということは、ひょっとしてユキタカさんは僕のことを?

 し、しかし僕らは一緒に過ごす時間が長いといっても肝試しや怪談ばかりで、ほとんどお互いのことを知らない者同士であって…いや、もう僕らは大人なのだ。そんなこと関係ないんじゃないか?

 ぐるぐると頭の中で葛藤が行き来する。


「い、いやまだ早いんではないでしょうか。もっとお互いの仲が親密になってからの方がよいのではないかと思われ!#$%YU」


「何をトチ狂ってるんだ。ウチに見せたいものがあるんだよ」


なんだ、そういうことか。


「まぁ、一人暮らしの女の部屋へ来るんだ。何があるか分からないけどな」


うわ“#$%RくじょT&YU。

彼女は憎たらしいほどニヤッと笑っている。



 ユキタカさんは二階建ての家に住んでいた。

家族と一緒に住んでいるのかと思って

「ご実家ですか」

と聞くと

「一人暮らし」

と返ってきた。この広い家に一人暮らしらしい。どういう経緯があったらこんな家に一人暮らしなんだ。聞きたくはないが。

まぁ入れよ、と言われてお邪魔する。





「ーーー家に何かいる気がするんだ」

家に招かれてすぐ、不気味なことを言われた。同時に見せたいものが何なのかを理解する。


「何かって何ですか?」

「何かはナニカだ。それをどうにか追い出したいんだよ」

「追い出すってどうやって」

「それを一緒に考えようじゃないか」


今回はそう言う趣旨の集まりだったか……。


「そんなの思いつかないですよ」

「そうか。まいったなー。最近寝不足なんだよな。まぁお前が持って帰ってくれてもいいんだけどな」

幽霊のお持ち帰りなんて冗談じゃない。


 それから真剣に考えてみたものの、なかなかいい案が出てこない。とりあえず知っている方法を提案してみるか。


「追い出す方法は分かりませんが、その『ナニカ』を見る方法は知ってますよ」

こんな話を知っていますか、と僕は語りかけた。


自宅に幽霊がいるかどうか確認する方法がある。

目を閉じリラックスして、以下のことをイメージする。

あなたは自分の家の自分の部屋にいる。

そこからスタートし、家の中、一つ一つの部屋を回る。

このとき、なるべく詳しく周りを見渡す。

そのまま家全体を見渡したらおしまい。


簡単な方法であるが、このとき部屋に自分以外にも部屋にいることがあるという。

家族であったり、恋人、友人等が見えた場合は、見えた場所によってその人との関係性等を占えるんだとか。

ただ、この時に出会うのが必ずしも見知った顔だけとは限らないという。

見知らぬ住人と自宅で出会った場合は、その人は"人"では無いのだとか……。



「その方法なら知っている」

あ、やっぱり。

「じゃあ試してみたんですか?」

「あぁ、やってみたな」

「それで、何が見えたんです?」

「着かないんだ」

「は?」

「だから、着かないんだよ」

何を言っているんだ、この人は。


「お前も実際にやってみたら分かると思うぞ」

私の家で、とユキタカさんが付け加える。


 どうせ僕もユキタカさんの家の中でナニカを探そうと思っていたので、部屋を一通り見せてもらう。

 ユキタカさんの家で『自分の部屋』がどこなのかは分からないが、とりあえず寝室から始めることにした。


深呼吸をしてリラックスする。

イメージする。

寝室に僕がいる。

寝室ってなんか…あれだな。


乱れてしまったので、深呼吸からやり直す。


イメージする。

もやもやとした部屋がはっきりしてきた。

寝室にいる。

周りを見渡す。

ベッドに小洒落たタンス、その脇に間接照明。

とりあえず、ここの部屋には何もなさそうだ。


扉を開け廊下へ出る。

寝室のある二階は全部で三部屋ある。

残りの部屋を順々に見て周る。

何も変わったところはない。

何だ、普通に見て周れるじゃないか。


二階を見終わったので、一階へ向かうために階段を下りる。

階段は踊り場を経由して折り返した構造になっている。

踊り場まで降ったので、そのまま折り返す。

目の前が一階。




そのはずだった。




目の前は…どこだ?

壁も床も一面コンクリートがむき出しになった空間。

一階はコンクリートの打ちっぱなしだったっけ。


いや、そんなわけない。

ーーー地下か?

なんで地下に繋がったんだ?


とりあえず下まで降りて周りを見渡す。

コンクリートの廊下が左右に続いている。

左には壁が続くだけで何もない。

右側に視線を移すと一番奥に部屋が一つある。

部屋の前まで歩く。

とても重そうな扉だ。

開いてみるか悩んでいたが、よく見ると扉にはドアノブがない。

どうやって開けるんだ?


扉の前で立ち止まっていると、扉がひとりでに開いた。

ゆっくりと。

扉の隙間から向こう側が見えてくる。

部屋の中は暗く、視認できない。

何かがいる。

はっきりと視認できないが、いる。

恐怖と好奇心が入り混じる。

動けない。

暗い部屋で何かが視界を動いた。

腕だ。

墨を塗りたくったような黒い腕。

腕だけが暗闇から這い出てきて、扉を徐々に開いていく。

見てはだめだ。

直感する。

これは、見てはいけない存在だと。

徐々に身体が見え始める。

腕と同じように黒い。

だめだ、見ては。

扉から顔が覗く。

見ては…。


「おい!!」

身体を揺すられ覚醒する。目の前にはユキタカさんがいた。


「お、やっと起きたか。一人で歩きだしてびっくりしたぞ」

「歩きだして…?」

「ああ、冗談かと思ったが虚な目をしてたから流石にまずいと思ったよ。何が見えたんだ?」


 僕はユキタカさんに見たままを説明した。

「コンクリートの部屋、か。私のときとは違うな。私は階段が永遠と続いていたよ」

ユキタカさんは興味深そうに僕の話を聞いた後、お前の方が"敏感なのかもな"と呟いていた。


ユキタカさんを見ると、部屋の隅を遠い眼差しで見つめていた。


「地下……か」

そう言って笑っていたのだ。



ーーーその後もユキタカさんの部屋へは何度もお邪魔したが、あの"ナニカ"がどうなったのかは聞いていないし、僕が彼女の家で"ナニカ"を見ようとしたことは二度となかった。


…ただ、あの頃何よりも怖かったのは、ナニカを見ることよりも、彼女の家に地下室があるかどうかを確かめることだった。

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