第2話 首輪とシェルター
隠遁生活を続けて三年ほど経った頃だった。ある暑い日、ものすごい地響きが鳴って、床が縦に揺れた。私は手垢で茶色くなった手帳を眺めていた。廊下に他の殺し手たちがざわざわしていた。ジャックが大きな声で他の寮生たちを誘導する声が聞こえた。声が遠のいていくと、ジャックが私の部屋の前で私に話しかけてきた。
「今、政府が安全確保のためにここに乗り込んできた。俺たちは地下のモニタリングルームに避難する。お前は、自分の意志で決めてくれ」
久々に聞いたジャックの声は凛とした響きがあった。私は部屋から出るつもりはなかった。ジャックの足音が消えた後に、コツコツとハイヒールの鳴る音と、乾いた革靴の音が近づいてきた。どうやら一つ一つ部屋を調べているようで、鉄のドアを閉める音が廊下にこだました。私の部屋のドアが開かれたとき、スーツを着た男女が現れた。私の部屋を見まわして、男が不快そうに鼻を鳴らした。女が焦りを隠した声で私に言った。
「早く地下のシェルターに避難しなさい。ここにいると溶けて土になるから」
そう言って私の部屋に足を入れようとしたので、私は女の頭部をサバイバルナイフではねた。すかさず男性の首も素早くはねて殺した。私は、二人の言っている『溶けて土になる』という意味が分からなかったが、言われた通り地下に移動することにした。私の唯一落ち着くことのできる空間から出ることは悲しかったが、自分の命を守るために移動を決心した。私は白の戦闘服に着替え、サバイバルナイフと祖父の手帳を隠し持ち、部屋から出た。
モニタリングルームに近づくと、ざわめいていた声が静かになった。モニタリングルームの扉はマンホールになっており、重い円盤を持ち上げて梯子を下りた。中は闘技場ほどの広さがあり、寮生が集まっていた。入り口の近くには食料や戦闘服、予備のサバイバルナイフや重火器が集めてあった。銀色に光る鉄板が壁に大きなねじで打ち付けられており、見るからに強い壁であった。
「来たのか、これで全員助かるよ。謎の異常気象で急に気温が百度以上になったらしい。これからはここで暮らさなきゃいけなくなったし、俺たちは前みたいに外を出歩くことができなくなった。不便だと思うけど、耐えてくれよ」
ジャックは早口で私に説明してくれた。ジャックは戦闘服の首に分厚い輪を取り付けていた。私に殺されないようにするためだと臆面もなく答え、私にも黒い首輪を渡した。頭からかぶるタイプで、少しきつかった。私は殺すつもりはないと、はっきり言った。
「どうしてだ?お前また笑ってるじゃないか。怖いな」
「いや、どうしてって殺すメリットが無いから」
「メリットを基準に人殺しをしているのか?」
「ちゃんとした理性を持ってるだけだよ。何しろ異常事態なんだから」
私は部屋の隅に非常口を見つけ、それが他のシェルターにつながっていることを知った。近くにいた少年に聞くと、数年前に政府がすべての家が地下シェルターを持つことを義務付けたそうだった。そして、地下でも地域の住民と交流ができるようにするために、シェルターは非常口によってつながれ、中央の政府本部に集約する構造になっているそうだった。
私は書類を整理しているドルベルを見つけ、声をかけた。ドルベルはひどく驚いて、壁に背中を強く打った。書類は私たちのこれからの殺害の依頼であった。ドルベルは私に一枚の依頼を見せた。
「まるで日本の遺書だね」
ドルベルは疲れたような笑顔を見せた。依頼主は祖父で、殺害対象はロンドンの市民全員で、殺し手が私に指定されていた。私はドルベルにこの依頼が正式なものか問いただした。すると、ドルベルは、
「今までは先生が命令したことは絶対だった。先生が死んだ今でも、君は今でもそんなことを考えてるの?」
といった。私は依頼書を何重にも折って手帳に挟んだ。
シェルターに入ったその日の夜、私はジャックとドルベルと毛布を並べて眠ることになった。年下の寮生たちが眠ったころ、不安でなかなか眠れないドルベルが私とジャックをよもやま話に誘った。私は眠気眼で会話に参加していた。
「ジャックは外に出たの?」
ドルベルが聞いた。
「出てないけど、政府の人の顔とか服装がボロボロとかじゃなかったから、なんかそんな危ない感じじゃないと思う。まだ推測段階なのかもね」
「食料も切り詰めていかないとね。いつまで異常気象が続くかわからないし」
ジャックとドルベルは周りの寮生の生活について話していた。私は戦闘服の裾をいじっていた。
「でも何もしないでいるのってつらいよな。壁も鉄板だから掘れないし」
ジャックは小さくため息をついた。
「地下道を通って探検に行かない?地下に住み込んでいる地域の人たちと情報交換するんだ」
私は軽い気持ちで二人に提案をした。それに対してドルベルは引きつった顔になり、ジャックも眉間にしわを寄せた。私は、二人が私に対して、畏怖の感情を抱いていることは気づいていた。二人はそれを口に出すことなく、私に笑いかけた。
「君はここでおとなしくしていたほうがいいよ…色々大変なことになっちゃうし」
「情報交換は賛成だけど、俺たちは殺人者だからあんまり大っぴらに動けないな」
どちらも私の行動を不安がっていた。その後ドルベルが話を切り上げて、会話は途切れた。彼らは祖父に教えられたことをさっぱりと忘れて、自分たちの生活の安全の維持のみを考えているようだった。人殺しをする必要性を、授業でしっかりと学んだはずなのに、私以外は失念しているようだった。私はもう自分が人を殺したくなることについては、歯止めをかけるつもりはなかった。ジャックには殺さないと言ったが、私はあの部屋から出てからは全ての人間を殺してもいい気分であった。
翌日、私たちがわずかな朝食をとった後、ジャックは地下探検に行くために、何人かの寮生を連れて非常入り口を出発した。残された私たちは、シェルターの中でできる、思い思いのやりたいことをしていた。例えばドルベルは、意外にも海外に関心があるようで、祖父の部屋にあったと思われる地図を熱心に眺めていた。
私は何もすることがなかったので、祖父の手帳を読みふけっていた。むしろ手帳を読む以外にすることなど考えられなかった。何度も見たくなるページは端を少し折って、いつでも読み返せるようにしていた。年下の寮生が私に話しかけてくることがあったが、そのために手帳を読む集中力を切らしてしまうので、そのたびに追い返していた。
手帳を読むうちに、私の部屋でともに暮らしていた小動物や草花のことに思いを巡らせるようになった。あの小さな空間から見える植生のピラミッドは美しく、それらの相互関係は人間の干渉を受けない存在を感じさせた。そして、私があの位置にいたことはとても光栄なことだとしみじみと感じた。私は自然の世界を精神に存在させることで、自分を人間の世界から隔離させていた。
ジャックたちは地下探検の成果から、数週間後に地上のロンドン市街を囲む巨大シェルターを、政府が建設するという情報を仕入れてきた。ただし、私たちの住んでいる外れの町にはシェルターは作られないらしく、不満の声が募っているらしかった。ジャックは近隣に住む人々から少量のパンをおすそ分けしてもらってきて、私たちに配った。私たちは円形になって座り、ささやかな夕食をとった。
「なぁ糸、気分はどうだ?」
ジャックが私の隣に座ってきて声をかけてきた。
「別に普通。でも、俺は地上に出てシェルターに入りたいなぁ」
「また人殺しをするためかい」
悟ったような口調で私に言った。
「姉さんが心配なんだ。俺たちは二人だけでイギリスにわたって、離れ離れになった。姉さんが今何しているかわからないけど、一緒にいられたらいいでしょ」
私はあまりにも心無いことを言った。私はただ地上に出て行きたいだけで、姉の心配など一片ほどもなかった。ジャックはそれを見透かしたようににやりと笑ってこう言った。
「嘘だなぁそれは」
「何で」
「君はいつも先生の手帳を熱心に開いているじゃないか。完全に先生の信仰者。少しは他の神様にも目を向けてみたら?」
「そんなことないよ。暇だからだ」
「精々頭がイかれないようにな」
シェルター生活二日目の夜も私たちは三人で話をした。
「僕たちは大人になっても人殺しをするのかな」
ドルベルはぽつりと言った。
「僕たちはもうこういう仕事でしかお金を稼いでいけないのかな。僕はいろんな国に行ってみたいんだ。周りの子にもいろんな夢をそれぞれ持ってて、やりたいことがある子がいる。でも、大量殺人の経験があるこどもなんて、完全に殺人罪だし、十八歳になる前に殺されるにきまってる。…きっと僕たちはもう五、六年の命だ」
ドルベルは涙声で言った。急に長く話し始めたので、私とジャックは顔を見合わせた。ジャックが軽口をたたくのを制し、私は言った。
「海のない世界って知ってる?」
ドルベルはいやそうな顔をしてゆっくりと私のほうを見た。
「実はね、俺がこのロンドンに来た理由は、異常気象があったからなんだ」
「えぇー!」
二人は周りを起こさない程度に驚嘆の声を上げた。
「海が無くなるっていうのはね、とてつもない熱で海の水が全部蒸発してさ、地上が全部陸続きになるっていう状況。俺の親は俺たちを守るために祖父母のもとに送ったんだろうけど。異常気象は日本ではニュースでやってたし。日本からじわじわ異常気象が始まって、今やっとここまで来たんだね」
「そんなことありえる?地球の海が無くなるなんて隕石が落ちない限り無理だって聞いたけど?」
ジャックが冷や汗を流していた。
「そんなことは知らない。でもニュースでやってた」
「…つまり?」
ドルベルは妬ましそうに言葉を返した。
「つまり、君は船も飛行機もパスポートもいらずに外国に行けるってこと」
ドルベルはため息をついた。
「そんな簡単なわけないだろ。夢見がちなヤツ」
「俺は、糸の考え方もいいと思うぞ。もっと大変な状況になったら社会の目を縫ってどこにでも行ってやろうってなる」
ジャックは顔を沈めたドルベルをよそに、わくわくした表情で自分の話を始めた。
「親がいない子もいるし、俺たちはもっと協力して生活のこととか、なんでも教えあっていこう。ただ、金はどうする?」
「僕はもう人殺しはいやだよ。殺してお金がもらえるなんてとんでもない」
私たちは黙った。二人は殺害以外の一切のことをやったことがないようであった。そのまま夜の会話は終わった。
次の日、ジャックが寮生全員のために、地域の人から小間使いの仕事をもらってきた。大きな画用紙に家の住所と仕事の内容をリストアップしたものが、壁に張り出された。かなり遠くの家からも仕事をもらうことができたようで、ジャックが誇らしげにしていた。ほとんどの寮生が小遣い稼ぎに出て、私も出発しようかと思ったときに、ジャックが声をかけた。
「俺が一緒に行く。お前一人じゃ何をしでかすかわからないからな」
私はジャックの声に返事を返すこともなく、袖に仕込んだサバイバルナイフを右手に握った。私はジャックの首筋をめがけて、勢いよくナイフを振った。ナイフはジャックの首輪でガツンと止まり、その瞬間にジャックは後方転回した。
ジャックは驚いた表情を見せずに、手を床につけた姿勢で私を凝視していた。そして、丸腰で私のほうに向かってきた。
「あいにくだけど、俺は戦うつもりはないよ」
そう言って袖の中から使い古した縄を取り出した。黄色と黒の縞模様になっていて、工事現場から拝借してきたものだった。ジャックはこれを対象の首に巻き付けて絞殺の形をとって殺していたと自分で言っていた。汚い血で白い戦闘服を汚さないようにしたいからというのが理由だった。殺人の証拠の頭部は殺害現場の動画を撮って提出していたと聞いたことがある。
ジャックの縄さばきは私の動きを凌駕していた。私は防御されている首の切断を諦め、柔らかい胴と腰の間の部分を引き裂こうと走ったが、ナイフ振りきろうとしたところで私はジャックの残像を切っていた。視線の先にジャックをとらえた瞬間、ジャックが右に走り去ったので、私は姿を見失った。全方位を見まわしていると、背後に気配がしたので首を少し後ろに回した。背後にはジャックがいて、後ろから私の背中を力いっぱい蹴り倒した。
「この縄はもう人殺しには使わない」
体勢は崩し、私はナイフを落とした。不覚にも倒れこんでしまい、立ち上がるには何秒か時間がかかった。ジャックは放り出された私のナイフを壁際に蹴り飛ばした。私はナイフを見捨ててジャックに襲い掛かった。しかし、ジャックが構えていた縄に右腕をからめとられ、離れようとしても動けなくなってしまった。そこからは足を出そうと、左手を出そうとすべてジャックのテクニカルな縄さばきによって受け止められ、最終的には私の手足は一束にまとめられてしまった。ジャックはにんまりと笑って、仰向けになった私を見下ろした。そして、顔を冷たくして言った。
「俺と来るか?大人の小間使いに」
その格好で、と言い加えて私のナイフを私の懐に戻した。固く結ばれた縄の結び目は並大抵の力では引きちぎれそうになかった。私は何も言わなかった。
「その状態になると声も出なくなるのか。なんか唸ってるし。でもその状態だと行けそうにないな」
ジャックは私をシェルターに置いて一人で出ていった。私は縛り上げられた体勢のままにされた。頭の中はジャックを殺すことしかなかった。なぜ殺したかったかというと、ジャックは私の人殺しとしての存在を奪おうとしたからだ。私が生きる意味は人を殺して生きることになっていた。だから、共同生活をしていこうとするジャックや他の人間を殺さなければ、私の生存はないと思っていた。
誰もいないシェルターは私に安心感を与えた。私は祖父の手帳の内容をそらで暗唱して時間をつぶしていた。
あまりにも暇で眠ってしまっていた私は、ドルベルの声で目が覚めた。体を起き上がりこぼしのように起こされて、壁を背にして座らされた。いきなり引きずられたため体が痛かった。すでにほかの寮生は部屋の中央で円形に座り、男も女も関係なく楽しそうに今日の仕事であったことを話し合いながら、夕飯をとっていた。ドルベルは私に夕飯としてスープを用意していた。
「君のために用意したけど、ジャックを殺そうとしたんだね」
ドルベルは私が手を使えないのを見て、スープを私に食べさせてくれた。スプーンですくえない量になると、容器を私の口につけて飲み干させた。私が何も答えないのを見ると、すぐに私のもとから離れた。私は、身動きを縛られていたので、無駄に暴れたりするつもりはなかった。
就寝の時間になると、私は縛られた体制のまま毛布を掛けられ、私は昨日と同じようにドルベルとジャックの近くに横にされた。二人はなかなか話を始めなかったので、私はすぐに瞼を閉じた。昼間に眠ってしまったので、なかなか眠りにつくことはできなかったため、目を閉じたままじっとしていた。私が閉じて呼吸が落ち着いたのを見て、二人がひそひそ話を始めていたが、その時には内容を聞けるほど私は頭が回らなくなっていた。
しばらくすると周りが小声でざわざわとし始めた。私が目を開けずに周囲の気配をうかがっていると、
「…にしろ」
と、言うドルベルの声が聞こえた。私は彼らの殺意を感じ、耳を澄まして、縛られながらも身構えた。足音は静かだったが、確かに立っている人間の存在を感じて私は苛立った。こすれるような金属音が聞こえたので、私は目を瞬時に目を開けた。
「かかれ!」
ドルベルの号令を聞いて何人かの寮生が私に襲い掛かろうとしていた。電灯がついておらず何も見えなかったので私がそれを直接見ることはできなかった。しかし、私は彼らのサバイバルナイフが私の服にかかったとき、固い結び目を筋肉の渾身の力で引きちぎって、縄から脱出して上に高く跳躍した。縄を抜けるときの体の痛みと、飛び上がったときに切りついたナイフの傷で私は少なからず身体的ダメージを受けた。
誰がどこにいるかはわからなかったが、寮生の幼い声や甲高い声は襲撃者の位置を大まかに知らせていた。滞空中にすかさず私は懐に入っていたサバイバルナイフを下方に構えた。床への着地には失敗して左ひざをついたが、すぐに受け身を取り、私はナイフを周囲に当たるように振り回した。ナイフは襲撃者十人の内臓を正確にえぐる感触を私に伝えた。襲撃者が三人ほど逃げる足音がはっきりと聞こえたので、私は彼らを逃がすまいと追いかけた。
一人の戦闘服の背中をつかめると思った瞬間に、パァっと電灯がつけられたので、私は光に目が眩み、ひるんでよろけてしまった。つかもうとした襲撃者は非常入口から逃げていった。周りを改めて見回すと、私が切りつけた十人以外はいなくなっていた。他の襲撃者を警戒しながら、私は死傷者の頭部を体から切り離した。私に優しく声をかけてくれた少女のものも、その中に含まれていた。切り離した十の頭部を壁際に寄せていると、非常入り口の影に隠れていたジャックが私に声をかけた。
「俺は関わってないよ?」
私は構わずジャックに向かって走り出した。すでに私は目の前の風景に映る人間のすべてを、殺さなければならないという強迫観念に駆られていたからだった。ジャックは軽妙な足どりで私のナイフをかわし、私の両手を背中に回してロープで拘束した。私は先ほどのようにほどこうとしたが、私に数々の小さな出血の影響で力は残っていなかったので、おとなしくジャックに服従することにした。
ジャックは手のひらをぱんぱんと打ち鳴らして、私の目の前に回った。
「俺の縛り方、なかなか固かっただろう?自己流さ」
そう言ってジャックは手で私の髪を上から少し乱暴にまさぐった。ジャックは鼻の下をこすって、さらに話を続けた。
「これをやろうって言ったのはドルベルだよ。ひどい奴だよな、自分では手を汚さずに年下の寮生に人殺しをさせてさ。そこにさらに、命の危険にさらすような特攻作戦を実行させてさ。俺はあまりにも無茶だからやめたほうがいいって言ったんだ。
でも、あいつはみんなに『仲間を裏切った奴は死ぬべきだ』とか、『協力して倒すんだ』とか言って焚きつけて、全員を自分に従わせたんだよ。いや、ドルベルがあんな積極的な行動を起こすとは思わなかった。俺はあいつに従うつもりはなかったから参加を断ったんだけど、あまりにもしつこくて土下座までしてたからさ、電灯をつける役割を受け持ったんだ。まあ、君が俺の縄をあんなに簡単にほどくなんて思わなかったから、驚いちゃってスイッチを押すのを忘れてた。
いや本当にこれは、犠牲が多すぎる奇襲作戦だろうと、リーダーなら考えついておかなきゃいけないでしょ。みんなの意志をかなえてないでしょ」
私はドルベルが意外な行動を起こしたことに少々驚いたが、去ったものの考えることはなかった。むしろ、あのうっとうしい私に対する恐れがはりついた顔を、見ることが無くなって心が晴れる思いがした。私の存在を脅威という共同体の一部にカテゴライズしているところが、一番気に食わなかった。
ジャックは私の顔に向き直って質問をした。
「逃げたいか?」
私は、答えなかった。私が答えられないのは、ナワバリから逃げることで得られるメリットがないからだった。
「メリットならある。俺は地下の町に出て食べ物をくすねて生きられるけど、君がここから動かないと決心すると、いつか食料が尽きて餓死する。草も生えないシェルターでの生活は悪手だよなー。そこで物は相談だ。俺と一緒に行動しないか?君は俺以外を殺さない代わりに、俺は君に飯をやる。いいだろ?」
私は食料の供給については考えが回っていなかった。鉄板で植物も育てられないため、私はジャックの提案に乗るしか生き抜く術はなかった。私は頷かなかったが、ジャックは私の目を見て、私が了承したととった。ジャックは私を縛った縄の垂れた部分をつかんで、進行方向に引っ張った。私は引っ張られるままに後ろをついていった。このようにして、私は殺人教育機関から脱出した。
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