第3話 転生者



 ポロのいる位置から少し離れた上空で。


『終わったようだな。相変わらず良い動きだ』


 と、タロスは下を眺めながら呟くと。


「感心してんじゃないわよっ! 可愛い顔して、なんて邪悪な魔法を使うんだか……」


 メティアは不満を漏らしながらタロスを否定する。


『不満か? ポロがあの技を使うことに』


「ええ、あの子に闇魔法なんてものを教えた馬鹿を、一発ぶん殴ってやりたいくらいね」


『だが、殲滅戦において闇魔法は効率がいい』


「そりゃそうでしょう。闇魔法は『破滅』の力、他の属性と比べて圧倒的に戦闘特化のスキルだもの」


『さすがエルフだな。魔術の知識が豊富だ』


 するとメティアは甲板の手すりをバンと叩き。


「だけど、強大な力にはリスクが伴うんだよ。今はまだ良くても、度を越えて使用すれば徐々に体を蝕んで、いずれは理性を失う。それだけに危険なの」


 その後、煙草に火をつけ頭を落ち着かせる。


「あの子が破壊衝動に目覚めた姿なんて、私は見たくないね……」


 するとタロスも自身のアゴと思われる部分に手を当て、考えるような素振りを見せる。


『そうだな、俺も見たくはない。すまなかった』


 しんみりする場を変えようと、タロスは話を変えた。


『ところで、ポロは何故一人で行くと言った? 他の者も連れて行けば早々に片付いただろうに』


 メティアは煙を吐きながら、横目でタロスに返す。


「あの子がそうしたかったのよ。出来るだけ他人の手を汚さず、自分一人で殺めて、自分の手で弔う。それがあの子のやり方だから」


『よく知り得ているな』


「まあね、ポロとは長い付き合いだし、それくらいは分かるさ」


 メティアは、ポロが船長に就任する前からずっと支えてきた最古参、加えて前職でも繋がりのある唯一の人物である。


「出来ればあの子を戦場に向かわせたくはないんだ。だから安全な貨物運搬を勧めたのに……」


 遠眼鏡でゴブリン達を鎮魂するポロを見ながら、寂しそうに呟いた。


「どうして自分から突っ込んじゃうんだろうねぇ」


 タロスはその様子を眺めながら、何も言わず魔導飛行船を下降させ、ポロのいる場所付近へ着陸させた。



***



 そしてメティアとタロスはショウヤの元へ行き事情を聞くと。


「で? 助けた荷馬車は奴隷商人の馬車だったと……」


「待ってくれ! 俺はそんな野蛮な者じゃない。ただの健全な高校生だ!」


 と、ショウヤは鋭い目つきをするメティアに必死で弁解をする。


「こうこうせい? ……ってのは分かんないけど、本当のこと言いな。別に奴隷商人だったとしても、私らが口出しすることじゃないから好きにすればいいさ。私らはただ、どういう経緯でゴブリンに襲われたのか、その理由をギルドに報告しなきゃならないから聞いてんの」


「いや……それは……」


 途端にショウヤは口ごもり、ボリュームを抑えて話した。


「気が付いたら見知らぬ町にいて……腹が減ったから店で飯を食ったんだけど、金を払おうとしたら俺の持ってる金じゃ使えないって言われて……」


 さらに溜息を漏らしながら。


「袋叩きにされた後、出生の証明書が無いと分かるや否や、奴隷商会に売り飛ばされました……」


 ショウヤの不幸話を聞かされ、メティアは「ああ………」と呟き、彼を責める気をなくした。


「で、荷馬車で連行されていた最中にゴブリン達の襲撃に遭って、商人のジジイが襲われたから馬を走らせる奴がいなくて……乗馬なんてやったことないけど勘で手綱を叩いたら走ってくれたからそのまま逃げてました」


 そこまで聞いて。


「それは……災難だったね」


 煙草の煙を吐きながらショウヤに同情の目を向ける。


「だろ? いや普通に考えてタダ飯食っただけで人間一人売り飛ばさないでしょうよ! しかも食い逃げじゃないんだ! ちゃんと払おうとしたの俺は! ほら見て、百円玉、なんとなく銀貨っぽいでしょ? それなりに金に余裕はあったから大丈夫だと思ったらこの様よ!」


 と、財布からジャラジャラと通貨らしきものを見せびらかすが、メティアたちからすれば見たことのない物だった。


「あ~飲食代についてはともかく、通貨の偽装はさすがにマズイんじゃない?」


「だから偽装してないんだって!」


 一向に疑いが晴れないショウヤは涙目になる。


 と、そんな時、奴隷の少女が馬車から駆け寄り、二人の元へ近づく。


「どうかショウヤ様を責めないで下さい、私たちはこの人のおかげで助かったのです」


 ショウヤがその少女を見ると、いつの間にか首輪も手枷も外れていた。


 続けて馬車を覗くと、ポロがガチャガチャと奴隷たちの拘束を解錠している姿。


「ふう、これで全員だね。ショウヤ、この人たち、自由にしていいんだよね?」


 一仕事終えたポロは体を伸ばしながら尋ねる。


「ああ、ポロにピッキングの技術があって助かったよ。拘束具の鍵が入った荷袋ゴブリンに奪われたからどうしようかと思ってたんだ」


 と、ショウヤはポロに感謝を述べる。


「だって。良かったね、これで好きな所に行けるよ」


「ありがとうございます! ありがとうございます!」


 馬車内で感謝の言葉が連発する中、メティアはいよいよショウヤを尋問することを諦めた。


「はあ~もういいや、うちの船長が事実をもみ消す気満々だし」


 奴隷を乗せた馬車は運悪くゴブリンの襲撃に遭い、商品だった奴隷達は散り散りに逃げ、皆行方を晦ました、と、そんなシナリオにするつもりだろうとメティアは予想した。


 ただ、一つ疑問が残るのだ。


「ショウヤ、って言ったね。あんたも奴隷として捕まったのなら拘束具を付けてたはずだろ? どうやって取ったのさ」


 ショウヤは「あ~」と、思い出したような顔を向け。


「……必死だったからあまり覚えてないんだけど、無理やり引っ張ったら砕けた」


「スキル無効化の魔法が込められた拘束具を、腕力で?」


「うん、なんか出来た」


 あまりにも軽い返事だった。


「けど無理やりやったから首筋とか手首とか痣になってさ。で、この人達に荒々しい真似したくなかったからポロにお願いしたんだ。ホント、ポロがいて良かったよ」


「……人間なのに、どんな筋肉してんのよ」




 彼らはまだ知らない。


 ショウヤが別の世界から転生してきた者だという事を。


 彼自身も知らぬ間に、驚異的な力を所持していた事を。


 近い未来、彼は解放した元奴隷たちと彼女らの故郷へ行く事を。


 そこで次々と功績を残し、瞬く間に町の領主となる事を。


 皆から慕われ、みるみると町を発展させていく事を。




 ……そしてのちにその全てを奪われ、絶望の果てで復讐の鬼と化す事を。


 彼らはまだ知らない。



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