3人家族と1匹が視ているもの

反田 一(はんだ はじめ)

3人家族と1匹が視ているもの

らんらんと日差しが照る、今は新緑の季節。

窓から見えるそんな景色とは裏腹に、この部屋の中はどこか薄暗い。


ここは、とある一軒家。

3階建ての1階には、おばあさんが住んでいる。

2階にはおばあさんの息子。

彼は、息子であり、父親でもある。

3階には息子であり父親の息子の部屋がある。


3人は普段は別々にそれぞれの生活を送っている。

夕飯のときに、3人が2階に集まって食べることになっている。


おばあさんの趣味はテレビを見ることだ。

実際に今もコタツに入りながら画面に見入っている。

「落ち着くわねえ」

ゆったりとした時間。

お供のお茶をすすりながら、おばあさんは呟いた。

画面からは耳に馴染んだ懐かしいメロディが聞こえている。

色々なものが変わった。

人も街も。

おばあさんは思った。

何十年も通っていた花屋が突然店を畳んだ。

別れを惜しむ間もなかった。

花屋の次にできたのは、今どきのアイスクリーム屋だった。

攻撃的な配色の看板が目が痛い。

そうかと思えばそのアイスクリーム屋もすぐに潰れて、今度はマッサージ屋になった。

人も変わった。

単純に皆、歳を取った。

近所に住んでいた顔馴染みたちは昔と比べて減った。

あの頑固頭のテッちゃんでさえもこの地を去った。

なんだかんだ最後まで自分を押し通すと思っていたが、最終的には折れて息子夫婦のお世話になることを選んだらしい。

変わるのは仕方のないことだとは思う。

便利になるのは良いことだ。

舌で入れ歯をなぞる。

だが、目を閉じると思い浮かべるのはあの頃だ。

広い空の下、何も持っていなかったあの頃。

あの頃を今思い返すと「辛かった」と形容するのが妥当だ。

ただ、同時に楽しかったのだ。

画面の向こうからはまだ懐かしいメロディが鳴っている。


2階には息子であり、父親である男が住んでいる。

彼は熱狂的なマイティーレッズのファンだ。

マイティーレッズはリーグを代表するチームの一つだ。

かつては国内リーグで熾烈な優勝争いを繰り広げていた。

彼も、その熱い時期にファンになった一人だ。

だが、ここ30年は優勝から遠ざかっている。

暗黒時代。

良い選手がいなかったわけではない。

このクラブで育った有望な選手もいた。

だが、頭角を現した選手たちは、すぐに他のチームから目を付けられた。

そして、このチームに別れを告げて羽ばたいていった。

出て行った選手たちに恨みはない。

短い選手生命を承知の上で人生を賭している選手と応援する側のファン。

分かり合えないのは当然だ。

だから、その都度、選手たちの決めたことは受け入れて来た。

若手を育成して、他チームへ売る。

この30年間はその繰り返しだった。

だが、それは唐突にやって来た。

過去、マイティーレッズに関わっていた人たちが続々と集結したのだ。

以前、選手として在籍していたがコーチやベテラン選手として戻って来た。

そのコーチに関しては、以前に所属していたチームから出場機会に恵まれない選手を連れて来たりもした。

また、相変わらず有望な若手選手には恵まれている。

ここ30年で若手の育成で結果を残してきた。

そのため、若手選手の興味を一手に惹きつけたのだった。

全てが噛み合っていた。

その年度のカップ戦でいきなり優勝した。

ファンの間では議論が巻き起こった。

ただのビギナーズラック、他チームは皆リーグ戦に集中していた、他チームのけが人の状況がたまたま味方した、などの見方がなされた。

だが、そんなことはどうでもよかった。

要は、希望なのだ。

マイティーレッズには、今、希望がある。

そして、今その希望はさらに大きく膨らんでいる。

チームではなく、国の代表戦。

4年に1度の祭典での優勝だ。

もともとはそれこそが見たかったものであった。

ただ、当時はまだ現実味のない夢だったからこそ、マイティーレッズに入れ込んだ。

が、今やその夢は目標に変わった。

自分が生きている間に叶うだろうか。

もう若くない持病持ちに残された時価はいかほどなのか。


3階には、若い青年の部屋があった。

青年は、自分が幸せな時代に生きていることを自覚していたのかもしれない。

いや、そうではない。

比べられないだけだ。

自分はこの世に生を受けて間もない。

なのに、大人はこぞって「あなたたちは良い時代に生まれたね」と言ってくる。

その裏には「私たちがその時代を作って来たのよ」という言葉が見え隠れする。

かと思えば最近になって「これから生きている君たちは大変だね」と大学の講義で大人が言った。

その大人は、どこぞの銀行の何かしらの役職なのだろう。

週に何度か大学へ講義をしに来ているくらいなのだから。

偉いということは分かった。

そして、偉い人の言うことには興味があった。

だが、その気持ちはすぐに急速に萎んでいった。

偉い人が語ったのは歴史だった。

それも偉い人自身にまつわる歴史だ。

自分が何をして来た、何を思ってきたか、どうのこうの。

思っていたのと違う。

偉い人がわざわざ大学に来てまで話すというから、希望を持ちたくなるような話をするのだと思っていた。

なのに、話すことはすでに歴史と化した過去の事象ばかり。

挙句の果てに「これから生きていく君たちは大変だね」だ。

全てが成熟し、停滞し、次第に衰退する。

何が正解か分からない混沌の時代がやってくる。

自分は与えられることによって輝くタイプだと思っている。

一つのことに集中して技を磨き上げる、そんな職人気質。

「はあ」

ため息が口を突いて出た。

がむしゃらな時代に生まれたかった。

豊かさを目指し、皆一つの目標に向かって、ただ一心シャカリキに走り抜けてみたかった。


ボーン。

時計が7時を打った。

夕飯の時間だ。

3人が2階に集合した。


おばあさんは思った。「昔は良かったわねえ」

男は思った。「あと何年生きられるだろう」

青年は思った。「生まれてくる時代を間違えた」

屋根裏のネズミは思った。「チーズ美味い!今が最高!」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

3人家族と1匹が視ているもの 反田 一(はんだ はじめ) @isaka_haru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る