散文1
わたなべ
夏っぽいもの
木々の隙間から見た空はひどく青かった。
川の上流には入道雲が浮いていた。風向きからみて、夕方には雨が降るだろう。水嵩が増す前に帰ったほうがいいかもしれないな、と思いながら、そんな僕の思惑なんて知らん顔で君は、僕の方に向かって水を飛ばしてきた。
「夕方には雨がふるかもしれないよ」
「じゃあそれまで遊びましょう」
そういうことになったようだ。つまり、僕の心配なんて最初から気にもしていないらしい。前に、僕の話をどれくらい真剣に考えているのか、一回聞いてみたことがある。すると、
「でも、本当にだめなら、そうなる前に全力で止めてくれるでしょう?」
と、屈託のない笑みで返されて、僕は何も言えなくなってしまった。
川の水で冷やしていたコーラを口に運んだ。鼻に抜ける炭酸が、目の奥を熱くする。泣きだす前の感覚に似ているんだ。だから、僕は炭酸が苦手なのだ。悲しくないのに、悲しいような気になってしまう。ふと、頬になにかが流れるのを感じる。どうやら、あまりの刺激に泣いてしまったようだった。なんだかすべてがどうでもよくなって、僕は川辺に寝転んだ。
雲が流れていく。かなり早い。この調子なら、二時間もしないうちに降り出すだろう。
僕は君に声をかけた。「そろそろ行かないと、本当に降られるよ」
少しだけ不服そうな顔をして、それでも水から上がって、持ってきていたタオルで足を拭いた。僕は、もう一口だけコーラを飲んで、それから帰る支度を始める。
堤防の上に上がって、アスファルトの地面を、バス停に向かって歩いていた。バスは、まだこないらしい。蝉の声が、バス停の中を反響していた。遠くで、雷鳴のような音がした。嵐の予感がする。まだ、夏は終わらない。
「ねえ、次はどこへ行こうか」
君は、僕の顔を覗き込んでそう聞いた。
「どこでもいいよ」
僕はそっけなくそう言った。真意は、誰にも知られないでいてほしい。
「それはつまり」
彼女は言う。
「どこまでも、どこにでもついてきてくれるということかしら?」
僕の半歩先で、僕の顔を覗き込みながら、彼女は微笑んだ。
瞳の奥の、反射した虚像を見る。
つまり、僕の虚栄心など、全てお見通しというわけだった。
僕は、とても愉快な気持ちになって、それから、心の底から笑った。
彼女も、一瞬惑ったみたいな顔をして、それから、大きな声を上げて笑った。
清々しい気分だった。夏空みたいな。どこまでも突き抜けて、抜けていくような。
きっと、こんな日が毎日続いていくのだろう。明日はどこに行って、何を見て、何を感じよう。
不意に、彼女の方を見た。バス停の向こう側、遠景の山を見ている彼女の顔だ。
できるなら。
なるべく。
可能な限り。
彼女と同じものを見たいと思うのは、傲慢だろうか。
それは、エゴだろうか。
視線を前方に戻した。風が吹き抜ける。生ぬるい、じめっとした空気だった。
「あ、雨」
頬についた雨を拭う。涙みたいだな、とぼんやりと思った。
散文1 わたなべ @shin_sen_yasai
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