第15話 かくれんぼ

 薄暗い廃屋の中でボロボロな屋根から差し込む月明かりだけがリヒトとアルナを照らす。

 その一方で、廃屋の入り口には赤いワンピースを着た少女が月明かりを背に浴びながら立っている。


 その少女は確かに言った―――かくれんぼをしよう! と。

 いつの間に入口に立っていたのだろうか。

 そのことにアルナは妙な感覚を覚えながらも少女に返答していく。


「ごめんね、遊びたいのは山々だけどさすがに親御さんが心配―――」


「いや、やるか。かくれんぼ」


 アルナが少女を思ってかけた言葉を遮ったのはリヒトであった。

 その行動はアルナからすれば彼らしくない行動で、突然のことに目を疑っている様子であった。


 アルナがリヒトに「どうして?」と尋ねてみるが、彼はただ「そういう気分なんだ」と返してくる。

 どうやら本当のことを言うつもりはないらしい。


 アルナはリヒトの思いがけない行動に戸惑いながらも一つ息を吐くと彼の言葉に賛同することにした。


 アルナにはリヒトが考えていることはわからない。

 しかし、その考えてることは必ず相手のことを考えてると知っている。

 だから、ここで追及することはしない。

 信頼しているから。


 リヒトはアルナの様子を見て内心で「悪いな」と思いながら、少女にかくれんぼのルールを決めていく。


「それじゃ、かくれんぼをするに辺りルールを決めよう。

 かくれんぼをする範囲はこの村の中。森は危ないからな。

 そして、今は夜中だ。村の人達に迷惑かけないように隠れる場所は必ず外。これでいいか?」


「うん、わかった」


「よし、それじゃあ今から一分数える。その間に隠れてくれ」


 その言葉に少女はコクリと頷いてトタタタと走って行ってしまった。

 その姿を見ながらリヒトとアルナは廃屋で待っている。

 待ち時間の間、暇だったのかアルナが少女の言葉で昔話に花を咲かせた。


「そういえば、昔皆でかくれんぼしたよね」


「あぁ、あったな。お嬢が率先して見つける役に回った割にほとんど見つけられずにベソかいたことあったな」


 茶化すように言うリヒトにアルナは思わずムッとする。

 そんな恥ずかしいシーンまで思い出さなくていいじゃん!


「違うんだよ。あれは皆が凄すぎたの。

 だって、ニオイはなんとなくするのに足音だけが異常にしないんだもの。

 仕舞に皆してわざと見つかるような隠れ方してさ!」


「そしたら、お嬢は『そんなんじゃかくれんぼの意味ないじゃん!』って今度は怒りだしたもんな」


「そりゃそうだよ。遊びは本気でやって遊ぶから楽しいのであって忖度されて勝っても嬉しくないよ!

 そういう意味ではリーちゃんに一番怒ってるからね!」


 リヒトは「俺に?」とわかっていない様子だが、アルナからすればその時の思いでは今でも鮮明に思い出せる。


 かくれんぼで見つける役をするたびに必ず最初に見つけるのがリヒトなのだ。

 必ず何らかの痕跡を残していてそれを辿っていけば彼に辿り着く。


 最初はアルナもリヒトが単純に隠れるのが下手なのだと思っていた。

 しかし、ある時皆が一斉に忖度し始めてそれに怒った彼女が一緒に遊んでいる友達の一人に問い質せばリヒトが発案者と分かったのだ。


 その時、アルナのこれまでのリヒト発見の経緯は全て彼の手のひらで踊らされて喜ばされていただけということを知ったのだ。


 それにはその時からリヒト大好きだったアルナも怒った。

 もっとも、彼女が遊びに本気になるそういうタイプの性格だったからというのもあるが。

 ちなみに、その時の皆は全員“怪物ミセリア”である。


 アルナがリヒトにからかわれながらも楽しく話していると程なくして一分が経過した。

 話していたせいか体感は十数秒ほど。

 二人は早速探しに廃屋から出た。

 そして、遊びは本気のタイプであるアルナは早速奥の手を使うことに。

 その名もリーちゃん!


「リーちゃん、さ! やっちゃって!」


 このザ・他人任せのような行動もしっかりと意味がある。

 それはリヒトの基本機能の一つである嗅覚の鋭さによるものだ。


 簡単に言うならばアルナはリヒトを警察犬のように扱おうとしているのだ。

 遊びということは本気になれということ。

 本気になるということはルールの穴をつけということ。


 リヒトの提示したルールの中には個人の能力を封じるようなルールは無い。

 それ即ち、使えということだ。

 これであっという間に決着がつく。

 そう思ったアルナであったが、リヒトは鼻をすする素振りを見せながら答えた。


「悪い、ちょっと風邪引いたかもしれねぇ。他に問題はないんだが、鼻は使えない」


「あらま」


 これはアルナにとって予想外であった。

 彼女にとって一番アテにしていたのはニオイによる追跡であり、それが使えないということは少し面倒になったことを示している。


 しかし、リヒトの嗅覚が使えなくなったからといってアルナが彼に失望することなどありえない。

 それが出来ないなら次の手を使うまで。


「それじゃ、魔力探知でも使おっかな」


 アルナは手に持つ杖を掲げて杖に魔力を集め始めた。

 それを周囲に放つことでソナーの役割を果たし、魔力に当たって跳ね返ったものが彼女の脳内で地図化されるのだ。


 しかし、それをしようとしたアルナであったがその行動はリヒトによって止められた。


「お嬢、それは止めてくれ。そんなことしたらすぐに見つけてしまうだろ?」


「でも、これが遊びならたとえ子供であろうとも本気でやらなきゃ!」


「さすがに年齢を選んで欲しいが......ともかく、それはやらないでくれ。お願いだ」


 アルナは思わず首を傾げながらも魔力を集めるのをやめて掲げた杖を降ろしていく。

 リヒトが何かを隠していることはアルナも知っている。


 しかし、ここまで彼が考えて行動するということはどうやら思ったよりも大きな理由があるのかもしれない。


「私も大人になれってことか。ま、さすがに大人げないか」


 そういう事にしてアルナは先に歩き始めた。

 リヒトでも言いづらいことはきっとある。

 であれば、彼から話してくれるのを待つだけ。


 そんなアルナの行動にリヒトは「お嬢......」と呟きながらそっと笑い、後ろからアルナを追いかけていく。


 二人は途中から手分けして探し始めた。

 村の中をあっちへ行ったりこっちへ行ったり。

 しかし、少女の姿はどこにも見当たらない。

 仮に見つからないように移動しているんだとしてもあまりにも音が無さ過ぎる。


 しばらくして、二人は合流した。

 アルナは走り回っていたようで肩で息をしている。

 リヒトは周囲を見渡しながらアルナに話しかけた。


「その様子じゃ見つからなかったようだな」


「ハァハァ......もう家に戻ってたりしない?」


「いや、それは無いんじゃないか?」


「どうして―――」


 アルナが「どうしてそんなこと言えるの?」と聞き返そうとした瞬間、少女の声が聞こえてきた。


―――こっちだよ


 聞こえた方向にアルナがガバッと顔を向けてそっち方向を見てくるが誰もいない。

 すると、またしても聞こえてくる。


―――残念、こっちこっち


 その声の方向は先ほどの声とは反対側からであった。

 今度はリヒトがそっち側へ行ってくる。

 しかし、姿はない。


 それから二人をからかうように色んな方向から声が聞こえてくる。

 それのどれも一定の声の大きさでまるで見えないように移動しているように探しに行った場所とは違う場所から。


 普通は足音とぐらい聞こえてもいいはずなのにその音が何もしない。

 さすがのアルナも少しだけ気味が悪くなってきた様子であった。

 その時、リヒトが「そろそろいいか」と呟くと走り回って疲弊したアルナを呼んだ。


「お嬢、少し頼みたいことがあるんだが......って大丈夫か?」


「せめて探す時ぐらいは本気でもいいかなって」


「結局本気で遊んでたのか」


 結局性格というのはそう簡単に変えることは出来ない。

 アルナが良い例である。

 リヒトはそんな人の在り方を改めて気づきながらも、彼女にこれから彼がすることについての説明を始めた。


「さすがにここまで見つけられないのは隠れる側も可哀そうってもんだ。

 ってことで、ちょっとした奥の手を使わしてもらうことにする」


「その奥の手って?」


「俺が今から大きな声で叫ぶ。しかし、必要なのは空気の震えだけ。

 そこで、お嬢には消音サイレンスの魔術をやってもらいたいんだ」


「なるほど。いいよ!」


 アルナは杖の先を使って地面に魔法陣と構成術式を描き始めた。

 魔術―――それは魔法と似たような効果をもたらしながらも発動方法が全く異なる手法の一つだ。


 魔法は天紋を持つ個人の魔力によって生み出されるものだが、魔術は魔力と魔法陣、構成術式の三点が揃っていれば人を選ばず魔法を扱うことが可能。


 とはいえ、魔力が思ったよりも必要なので大抵は大人数でやるか魔力を潤沢に含んだ石である魔石に魔術を彫って扱うかのどちらかになる。


 アルナは<消音サイレンス>の魔法陣を描き終えるとリヒトに完成したことを報告していく。

 リヒトはその魔法陣の上に立ち、アルナはしゃがんで魔力を流す準備をする。


 リヒトが指でスリーカウントするとゼロになった瞬間思いっきり叫び始めた。

 しかし、その声はアルナの魔力でできた薄い膜によってかき消されているので誰かに声が届くことはない。


 リヒトがこの行動をしたのは先も彼が言った通り空気の震えを作り出すためだ。

 音は物体が振動して出るものであり、耳に届くには必ず空気が媒介となる。

 そして、その震えは元の声が大きければ大きいほど遠くまで届く。


 震えた空気は先ほどのアルナがやろうとした魔力探知と同じでソナーの役割を果たし、空の魔物であるスチールランスホークの空気の流れから情報を読み取る能力で空気に反射した個所を特定。


 リヒトが「行くぞ」と走り出したのでアルナはその後ろを追っていく。

 すると、先ほどの苦労が嘘であったかのように簡単に少女を見つけた。


 その少女は「凄い!」と目をキラキラと輝かせてもう一回遊ぼうとリヒト達提案していくが、彼はそっと首を横に振った。


「また明日な」


「......うん、わかった」


 少女は少し寂しそうにしながらも素直に返事すると「帰るね」と言って走っていく。

 そして、とある家の間に入っていき姿を消した。


 ようやく遊びから解放されたアルナは大きく疲れたため息を吐きながらチラッとリヒトを見てみればなぜか険しい顔をしてる。


「リーちゃん?」


 そう聞いてみても何か考えてるのか反応しない。

 ただ一言、その考えてることを呟くのみ。


「......違うのか」

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