あついひ
からんな
変わりない今日
「死ぬまでにしたいことってある?」
きっと、彼女は何も考えずにこんな事を言ったんだ。
そうだ、今日は暑かった。生暖かく湿った風が私達の間を通り抜けていた。それと同時に私達にベッタリとした汗を貼り付けさせ、その不快感は最終的に私達の会話を奪った。
別に暑いからって死にたいわけじゃない。先程も言ったように、彼女は何も考えてない。何かを考えてこんなことを聞けるほど、私達は元気ではなかった。それくらい私達は暑さに侵されていた。
しかし、何故か私は彼女が何となく言ったこの言葉が頭から離れなかった。死ぬまでにしたいこと。私が死ぬ寸前、後悔すること。頭の中でそんなことがぐるぐるぐるぐる渦巻いていくだけであった。
「私は結婚したい。後世に名を残したいもん」
「うちはバンジージャンプ飛びたい」
「そんな小さなことでいいの? 明日にでも叶いそうね」
「あなたも叶うんじゃない。きっと、死ぬまでにはね」
「それバカにしてるでしょ!」
目の前で私の親友の二人がそうやって笑いながら話していた。死ぬまでにしたいこと。結婚にバンジージャンプ。どれも私もしてみたい。でも実際に、死んでみたときにそれらをしてないからと言って後悔もしないだろう。
気づくと立ち止まっていた。二人との距離も開いていていつの間にか声も遠くなっていた。彼女たちが私に気づいて振り返ったので、私は彼女たちに追いつくように走った。
「どうかした?疲れてる?」
「いや、疲れてない。考え事してた」
「へー、信号には気をつけてね」
死んじゃうからね、と彼女たちはまた帰路を歩み始めた。私はいつもこんなふうに考え事をしているから、二人も特には気に留めてはいないようであった。
「あ、そうだ。あんたは? 死ぬまでに何がしたい?」
「そうじゃん、まだ聞いてない」
二人は先程の話の続きを私に振った。
汗が首筋を伝う感覚が気持ちが悪かった。照りつける太陽は、死ぬまでに何がしたいのだろう。どこへ、行きたいのだろう。果たして太陽に私達と同じような死が訪れるのかはわからない。
私が暑くて回らない頭をフル回転させて考える必要がないことは分かっている。いつもの、ノリで中身のないそんな私達の会話の一つ。それなのにこんなにも考え込んでしまう。
キスをしてみたい。車の運転がしてみたい。お酒を飲んでみたい。世界旅行に行ってみたい。テストで全教科百点取ってみたい。三大珍味が食べてみたい。こいつらといる未来を見てみたい。こいつらといる未来は、してみたいことなのであろうか。変わらない未来を望むだけなのでは無かろうか。もう、よくわからなくなってきた。したいこと。私のしてみたいことが。
「わからない。私、何がしたいのかな」
「そんなに深く考えなくてもいいでしょ? ほら、今やってるじゃん、あの映画」
「え?なんの映画?」
「うそ!? あんた知らないの? 全米が泣いたとか言われてるのに!」
「そうそう、あの余命宣告された女の子が、彼氏と一緒に、死ぬまでにしたいことを叶えていくやつだよ!!」
「彼氏役の人、めっちゃイケメンよね? 私好きなんだ〜」
「わかる、ほんとにイケメン。主人公もかわいいし」
そんな映画初めて聞いた。でもあらすじはどこにでもありそうな、凡庸ではあるが涙を誘いそうな映画だ。
もしも私も余命宣告されたら彼女のようにしたいことを叶えてみたくなるのだろうか。別にそんなことはない気がする。だって、この世界は今日の延長線だから。来月のライブも、来週のテストも、明日遊びに行く約束も、全部が延長線上の先にある。だから別に、今日死んでも、なんなら今死んでもこういう人生だった、楽しかったとなるだろう。明日のことは私の知らない未来なのだから。死んでしまえばもう関係ないのだから。
「死ぬまでにやりたいこと、今が楽しいからそれでいいや。そんなにしたいこともないし」
「あんたっていつもそうよね〜」
「あっ、明日はさっき言った映画見に行こうよ」
「え、あれもう公開されてんの? 行きたーい!」
「うん、見に行こう」
結局死ぬまでにしてみたいこと、というお題は舵を切って明日の話に切り替わってしまった。それでもやっぱり、私の頭ではさっきの答えを探そうと求め続けている。
セーラー服の襟が揺れた。リボンはゆらゆらと優しく舞い、暑さから逃れようとしている。私の死ぬまでにやりたいことも暑さから逃れようとしているのだろうか。
「あ、踏切に引っかかっちゃった。ちょっと! 考え事もいいけど、止まりなさいよ!」
気がつくと踏切の前まで来ていた。親友は私のカバンをつかみ、止まらせた。この踏切を超えると、私達は別々の道を歩み、家に帰る。
「わかってる〜」
明日どんな服着ていこうかな〜、などと話している声が薄っすらと聞こえた。私の頭の中では今、目の前の踏切の警告音が響いていた。カーンカーンカーンと響く音とは重なりのないライトがチカチカと点滅している。不協和音のようにずれているこれらに、頭がおかしくなる。
そのとき、私の頭にふと浮かんできたことがある。死ぬまでにやりたいことだ。この延長線上の向う側にある死。それを迎えるまでにやりたいこと。
別に人生が楽しくないわけではない。明日の遊びの約束だって楽しみだ。だが、それ以上に気になることを見つけてしまった。
「ねえ、ふたりとも。私、死ぬまでにやってみたいこと見つけちゃった!」
「急にどうしたの、そんなにニコニコして」
目の前では踏切が鳴り響いている。体からはじっとりと汗が流れ、体の体温が上がっているのを感じる。ドクドクと心臓の音を聞いてみる。これが私の生きる証だ。
それも後数秒で終わるだろう。私は、踏切に飛び込んだ。周りからの叫び声も、二人の呼び止める顔も無視して。生憎なことに電車はすぐ目の前まで来ていた。
「わたし、死ぬに死んでみたかったの」
まぶしかった。とにかくまぶしかった。痛みは、感じたのかな。わからない。眩しくなって、すぐに暗くなった。意識がどこにあるのかがわからなかった。
「あの子、本当によくわかんない事するよね」
「ね、あんなに笑っていたの初めてみた」
聞こえたのはそんな二人の声と、きっと汗だろう、水滴の音。
それから踏切が泣き止んだだけだった。
あついひ からんな @mochimochidango
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