第4話 掲示板

 話していると、日が昇ってきて外が明るくなってきた。窓から差し込む陽光が、俺達のいる床を照らし出す。


「もう朝みたいじゃのぉ」

「みたいですね」

「童達の時間は終わりじゃ」

「え? 終わり?」


 電気を消しながら、ハンさんがそんなことを言った。どういうこと?


「また夜になるまで、この部屋で時間を過ごすぞ。暇つぶし出来るものなら沢山ある。このような本が読みたいなどはないか? 持って来てやるぞ」

「え、い、いえ。今は特に…………」

「そうか、本はあまり好きではないか。じゃが、ここでは他に時間を潰せるものはないぞ? 本があまり好きではないとなると……うーむ」


 本気で悩んでしまった。なぜ、そこで悩むのか……はぁ。


「あの、これからどうするか、この世界についてなどを詳しく聞きたいのですが…………」

「童と話がしたいのかぁ、主も見る目があるのお」

「勘違いすんなくそ鬼。知識が無いから教えてもらおうとしただけだ」

「口が悪いのぉ」


 本当にこの鬼、何考えているんだよ。


「この世界についてか、話せるのは少しになるがそれでも良いか?」

「構いませんが、なんでですか?」

「すべて話すと主の反応が面白くなさそうじゃから」

「八倒してやりましょうか」

「遠慮しておくぞい」


 ケラケラと笑うハンさん。何が楽しいんだよ、手短にわかりやすいように話してくれよ。


「じゃが、正直。話を聞いただけでは納得出来んと思うぞ?」

「そんなに夢物語のような世界なんですか?」

「主からしたらそうかもしれないという話なんじゃ」

「つまり、俺が経験しながら話した方が色々効率がいいという事ですか?」

「そうじゃ。じゃが、童が自由に行動できるのは日が沈んだ闇の中のみ。日が昇ってしまうと、童はこの屋敷から出る事が出来んのじゃ」

「それは何でですか?」

「体が焼けてしまうんじゃよ」

「え、それやばくないですか?」

「嘘じゃがな」

「八倒してやりましょう」

「今回は言い切ったのぉ。外に出れないのは、単純に眩しいからじゃよ」


 俺の言葉を無視し、ハンさんが煙管を吹かす。何がしたいんだこの鬼。


「あ、そうじゃ」

「何ですか」

「主、一人で夜に行った町に行ってくれないか?」

「……………………………………は???」


 ☆


 俺は今何故か、人が賑わう町を一人で歩いていた。


『何か怪しい事があれば少しでも教えるんじゃよ~』

「わかっています」


 聞こえる声はハンさんの物、脳に直接届くような感覚で体がぞわぞわする。これは、慣れるまで我慢するしかないな。


『昨日と同じ服を着ている者がおったら気を付けるんじゃぞ。それで、何か怪しい動きをすれば後を追うんじゃ』

「あまり関わりたくはないんですが…………。しかも、俺ならすぐに見つかりますよ?」

『問題ない』

「どこから出てくるんですか、その自信」


 周りを歩いている人に聞こえない声量で、この場にいないハンさんに文句を言う。



 俺が屋敷を出る前、俺のでこに何かを付与していた。

 人差し指を俺のでこに添え、何かを書いた感覚があった。すると、ハンさんの心の声が俺の脳内に直接届くようになり、今は離れていても会話をすることが出来る。けど、視覚は共有できないみたいだから、俺がその場で何が起きているのかを教えないと状況把握が出来ないみたい。


「まったく、なんで俺がこんなことを…………」


 この町で、何も分からない俺が一人歩いていても変に目立たないように服も貸してくれた。それはいいんだけど、なぜ俺の背丈にぴったりなのかが気になる。

 ハンさんの身長は俺より下だし、他に一緒に住んでいる人も居ない。


 まぁ、ただの袴だし、俺が寝ている時に買いに行ったのかな。深く考えるのはやめよう。


 怪しまれないように、でも周りを確認しながら歩き続ける。


 周りには楽し気に話している女性や、木のぼっこを振り回し遊んでいる子供など。明るい町で、みんな楽しそうだ。


 これが、夜になるとあんなに人がいなくなり、静寂が訪れるのか。夜は物騒かもしれないし、寝てる人が多いし普通か。


「―――――あれ、これって」

『どうしたんじゃ?』

「いえ、掲示板が張り出されていたので少し気になってしまって」

『何が書かれておるんじゃ?』

「えっと…………。”連続殺人多発。被害者の体は、必ずどこかが切り落とされ死亡。犯人は今だ逃走中”らしいですよ」

『物騒な世の中じゃのぉ』


 いや、そういう言葉で済ませられるような話ではない気がするんですけど。


 つまり、夜外に人がいない理由は、これが原因か? 注意喚起されているのかもしれない。


「あ、もしかして、昨日の武士の格好をしていた男性二人って――……」

『葉月よ、近くに怪しい者はおらんか?』

「え? あ」


 ハンさんの言葉で咄嗟に顔を上げると、昨日の男性二人が堂々と道の真ん中を歩いていた。腰には刀を差してはいない、楽しげに話しながら歩いている。


 見た感じ、特に怪しい動きはない。


『男二人を追うのじゃ』

「え、俺がですか?」

『ほかに誰かおるのか?』

「…………追います」

『任せたぞぉ~』


 ……………………ん? なんでハンさんは俺が伝えていないのに男二人が歩いているとわかったんだ? もしかして、この距離でも俺の心中を読めるのか? 勘弁してくれよ…………。

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