見えない

多聞

見えない

 友人の家は夜更けを過ぎると不自然に気温が下がる。風鈴の音が止む、と同時に池のほとりに立っているような冷気が漂った。

 またか、と俺は目の前の友人を眺める。こうなるともう彼は口を開かない。魅入られたように視線を畳の上に向けている。

 無造作に積まれた図録や図鑑。その間を縫うようにして、熱っぽい視線が右に左に大きく弧を描く。一定の速度で動くそれは魚の泳ぎに似ている、と気付いたところで風鈴が鳴った。

「で、今度の日曜日なんだけど」

 蒸し暑さが戻っている。うん、と俺は話を合わせることしかできなかった。同じものが見えるようになるまで、あとどれくらいかかるだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

見えない 多聞 @tada_13

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説