第40.5話 彼と恋人になれた
「あの……これからも、私と添い寝してくれませんか?」
すごく緊張した。
言ったあとに自分の言葉を疑った。
東雲くんはすぐに電車から降りようとしたから、追い付いた時にはこの想いしかなかった。
もう一度彼のそばで眠りたい。
でも、東雲くんは何も話さないまま、駅の反対側に行って、そのまま電車に乗った。
途中、私が付いてきてるのをちゃんと確認するところ、彼の優しさが伝わってくる。
顔つきが変わっても、雰囲気が変わっても、やはり東雲くんは優しかった。
ほんとは少し、ううん、かなり怖かった。
もし、彼が悪い人だったらどうしようと、そんな考えが脳裏を過ぎった。
もし、彼はもうあの女の子の頭を優しく撫でていた時の彼じゃなかったら、私はどうするべきだったのかな。
東雲くんの返事を、そんなことを考えながら待っていたら、やっと彼が口を開いた。
「そんなに心配するな。ビッチという疑惑は解けつつある」
心配……? ビッチ……?
私ビッチだと思われたの!?
いや、確かに添い寝を女の子から求めるのはそう思われても仕方ないと思うけど……。
でも……!!
「私ビッチだと思われたんですか!?」
「違うのか?」
「違います!!」
もちろん、きっちり否定させてもらう!
私なんて男の子と手を繋いだこともないのに!
まさか、さっきまでずっと黙ってそんなことを考えていたなんて、東雲くんは少し面白いかも。
でも、私の名誉は傷ついた。
「いきなり添い寝しようって言われたらビッチと思っても仕方ないだろう」
「とりあえずビッチから離れてください!!」
だからビッチじゃないってば!!
私だって今そのことにちゃんと気づいたから!!
まさか、東雲くんとの初会話で、ビッチに認定されるなんて、少しショックかも……。
それは東雲くんの優しさなのか、同情なのか分からないが、彼は私の提案を受け入れてくれた。
家に着くまでの間、彼と添い寝に関して、いくつかのルールを決めた。
その中、お互いの際どい部分に触れないって、彼が言い出した。
だから、少なくとも、東雲くんが私の提案を受け入れてくれたのは下心からではないと思う。
ううん、もしかしたら私がそう思いたいだけなのかもしれない。
家に入ったら、嫌いなリビングがあった。
だから、東雲くんを急いで自分の部屋に連れてきた。
そういえば、東雲くんのパジャマはなかったね。
制服のまま寝たらシワになるし。
仕方ない。私のパジャマを東雲くんに貸してあげよう。
大きめなサイズだし、東雲くんも細いからきっと入る。
思わず笑ってしまった。だって、東雲くんの格好が変だもの。
まあ、私のせいだけどね。
私のパジャマに着替えた東雲くんはすごく窮屈そうな感じで、つい緊張がとけてしまった。
かと思うと、今東雲くんが私のパジャマを着ていることにドキドキする。
匂いを嗅がれたのかな。
変な匂いしてないかな。
そんなことばかり頭の中に浮かんでくる。
『人形』と呼ばれた私が、こんなことを考えるなんて、少し不思議な感覚。
東雲くんは結局私に手を出さなかった。
安心したような、少し残念なような、そんな気持ちになった。
一緒のベッドで寝た時、私はもう彼に何かされる覚悟は出来ていた。
ただ、そんな不安も彼が、私を後ろから抱きしめてくれるから、消え去った。
東雲くんの体温は暖かい。
とても、暖かい。
安心する。
この日の夜、東雲くんのパジャマを買おうと、色んな店を回った。
どんな感じのパジャマを着せようとか、東雲くんが着たらどんな感じになるのかなとか、そんなことばかり考えて幸せな気持ちになった。
その時に一足早いハロウィンコーナーを見かけて、その隅にあるものを見つけた時は思わずクスッと笑ってしまった。
これを東雲くんに着せたら、彼はどんな反応をするのか考えるだけで頬が緩んでしまった。
文化祭の季節がやってきた。
古坂高校には、古くからある恋人のお祭りがあるらしい。
名前が長いから、心の中で『ベーカー』と呼ぶことにした。
つい考えてしまう。
もし東雲くんと、一緒にそのお祭りに出れたらどれだけ幸せなんでしょう。
クラスの出し物が演劇の『ロミオとジュリエット』に決まった。
私がジュリエット役で、東雲くんがロミオだと決まった。
そして、自然と東雲くんと一緒に『ベーカー』に参加することになった。
どれだけ嬉しかったのか、きっと私以外の人は知らない。
この瞬間、私は一生分の幸せを使い果たしたのではないかと不安になるくらい、喜んだ。
そして、楽々浦さんから、東雲くんにだけ、違う台本を渡すという計画を聞いた時、わくわくしていた。
当日の東雲くんはどんな反応をするのか、考えるだけで思わずにやにやしてしまう。
自分の好きな人に、自分からなにか仕掛けるのはとても楽しい。
ついに文化祭当日になった。
あの日、私が東雲くんに添い寝の提案を持ちかけてから、私たちは毎日添い寝していた。
その次の日から、彼は時々家に泊まってくれた。
土日は一緒にお出かけもした。
だから、不安だった……。
東雲くんから、あの女の子の話は聞かない。
あの女の子は今どうしてるのか気になって仕方がない。
東雲くんと一緒にいる時間が長いほど、彼と恋人じゃないことが不安で不安でしょうがなかった。
だから、決めた。
私は、『ベーカー』で彼に告白する。
気づいたら、涙が出ていた。
彼は私の告白に返事してくれなかった。
彼は私のことを、『人形姫』と呼ばれるのにふさわしくない存在なんじゃないかなって、言ってくれた。
今更気づいた。気づいてしまった。
私は東雲くんと出会ってから、彼と添い寝してから、彼と会話を交わしてから、普通に笑えていた。
普通に会話して、普通に笑って、普通に怒って、そして今、普通に泣いた。
どうして……どうしてなの?
なんで、今東雲くん、あなたのほうが私よりも辛そうな顔をしているの?
なんでそんなに泣きそうな顔をしているの?
どうしてよ……。
あの日から二週間が経った。
彼はあれから一度も私の家に来ていない。
私たちの関係が終わってしまった。
もう、彼になにかを仕掛けたり、彼の言葉に変わった返事をしたりして、一緒に笑うことができなくなった。
そう思うと、胸が締め付けられて、息ができない。
苦しい。
好きな人に振られることがこんなにも苦しいなんて……知らなかった……。
好きな人になにか仕掛けてもいいのは、とても、ありがたいことだって、いま知ってしまった……。
やだ。
このまま終わるのは絶対やだ。
多分、この時、私は一生分の決断をしたと思う。
そして、この決断が私の人生を変えてくれた。
私は今、東雲くんに会いにいく。
「凪くん……凪くん……」
凪くんの家に向かう途中、彼が地面に倒れているのを見た。
胸が締め付けられて、私は全力で彼の方に駆け寄った。
気づいたら、私は彼の下の名前を呼んでいた……。
凪くんを抱きかかえて、必死に彼の名前を呼んだ。
もし、彼が起きなかったら、私はこれからどう生きていけばいいか分からない……。
だから、お願い……気づいてよ……。
「……栗花落」
涙で覆われた視界が輝いて見えた。
凪くんは生きてる。私の名前を呼んでくれた。
それが分かるだけでももう十分なの。
凪くんが生きてるだけでそれで十分なの……。
凪くんは渋ったけど、何が起きたのか教えてくれた。
一色先輩とサッカー部の人が、凪くんを殴ったって。
何も出来なかった自分が憎い。
どうしようもなく憎い。
そして、凪くんを殴ったあの人たちも憎い……。
絶対、許さないから……。
凪くんから、あの女の子について、凪くん自身についての話を聞いた。
今度、渚紗ちゃんに会いに行こう。
でも、今はまだ……。
「待たせたね、真白」
私は今、大好きな人に、『真白』と呼ばれた。
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皆様のおかげで、『人形姫』は☆1000を超える作品になりました。ほんとにありがとうございます。
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