第40話 初夜

 真白を覆うような形で、俺は彼女の上を跨っている。

 カーテンを閉めていて、常夜灯だけともした。


 部屋着でもパジャマでもなく、真白は産まれたままの姿になっている。

 この姿勢じゃ、風呂場で見た彼女のプリっとしたおしりは見えず、逆にいつも感じていた柔らかい胸が俺の目を奪った。


「真白……」


 なんとなく真白の名前を呼びたくなった。


「……凪くん」


 それに応えるように真白も俺の名前を呼んで、両手を俺の首に回した。


 彼女の腕の重さに逆らえず、俺の顔がゆっくりと彼女のそれに近づき、お互いの唇が重ね合った。

 首から感じる真白の折れそうな細い腕はほんのりと温かく、真白からはフローラルとシフォンケーキのかんばしい香りがする。


 とても艶めかしく、官能的で、かといって、おごそかで、神聖さを纏っている。

 俺の指の動きに合わせて、真白はぴくぴくと小刻みに震えている。


 それが愛しくて、俺の胸を締め付けて、呼吸を苦しくさせる。

 自分の愛する女の子に、やっと何も我慢することなく触れられると思うと、今まで感じたことのない感情が込み上げてきて、困惑してしまう。


 切なくて、もどかしくて、温かくて、愛しくて……それらを織り交ぜにしたような名状めいじょうしがたい名前のない感情。

 

 きっと俺はこの瞬間を待っていたんだ。臆病でありつつも、こうなることを心のどこかで期待していたんだと思う。

 そんな臆病な俺を後押ししたのはやはり真白で……。


 そんな想いから、彼女の顔に手を添えると、彼女は優しく俺の手の上に自分の手を重ねた。


「……優しくしてね」

「初めてだから、優しさの基準が分からない……」

「凪くんの……ばか」


 そう呟いて、真白は目を閉じた。

 唇、手、肌、そして……の順に、俺と真白は一つになった……。




 向かい合って、お互いの顔を見つめていると、真白ははにかむようにひまわりのような笑顔を俺に向けてくれた。

 それに呼応するように、俺も口角を少しだけ上げる。


「私への想い……変わりましたか?」

「ううん、びっくりするほど変わってない……というか、もっと好きになった」

「今まではMAXマックスじゃなかったんですね……」

「え、えっと、限界突破したという意味だよ!」


 悪魔のような邪悪な笑顔を浮かべて、問い詰めてくる真白に、俺は慌てて彼女が納得しそうな答えを口にする。


 実際、驚いた。


 真白としてしまったら、彼女を性的な目でしか見られなくなると思っていたのに、俺の予想を遥かに上回って、俺の真白への想いは揺るぎないものに変わってしまった。

 大切な人との行為は、思ったより穏やかなものだった。


 興奮しているのに静かで、快感を感じているのに重々おもおもしい。

 すべての感覚が愛しさに変わっていき、体の繋がりよりも、心の繋がりを感じさせられた。


 俺は初めてだから、真白以外との行為を知らない。

 きっと快感だけのそれもあるだろう。でも、俺が危惧していたことはなかった。


 性欲よりも、真白への愛が胸を全部占めていく。

 今まで抑えていた彼女への感情は、すべて解き放たれたような解放感に包まれる。


 もう、彼女を性的な目でしか見られなくなるのではないかと彼女を意図的に避けたり、彼女からのスキンシップを拒んだりすることはしなくてもいいんだ。

 そう思うと、なぜか胸にのしかかっていた重圧は取り払われて、身体がすごく軽くなった。


「来年もしてくれますか?」

「いや、明日でもしたいよ」

「もう、凪くんの……えっち」

「いたっ!」


 絡めあっている脚に力を入れて、俺を挟んでくる真白。

 今までしていなかった種類のスキンシップにドキドキして、痛いふりして照れているのを隠す。


「照れ隠しですね……」

「べ、別に照れてないよ?」

「……嘘つき」

「え?」

「だって、私はこんなにも照れてるのに……」


 常夜灯じゃ分からない真白の顔の色。黒と見紛みまがうような彼女の琥珀色の瞳。

 でも彼女の表情は確かに少し怯えているような小動物特有のそれになっている。


 よかった……真白は痴女じゃなかった……。


 なんて考えてみたりして……。


「凪くんの髪は、私と同じ匂いがする」

「同じシャンプー使ってるからな」

「それもあるけど……」

「けど?」

「さっきまでずっとくっついてたから……」


 同じシャンプーを使っているから同じ匂いをしているわけではなく―――


「ずっと、優しくキスしてくれてたから、その間私と凪くんの髪は触れ合ってたんだよ……」


 ―――髪がずっと触れ合っていたから同じ匂いがするらしい。


「真白」

「うん?」

「愛してるよ」

「私も……」


 今なら胸を張って言える。

 真白を愛しているから、渚紗と同じくらい大切だから、彼女への想いは劣情には変わらない。


 他の誰でもなく、真白が気づかせてくれたんだ。

 他の女の子とじゃ気づかないことを、真白が気づかせてくれたんだ……。




 何の色にも染まっていない『真白』と、何の模様も描いていない『凪』だが、俺らは出会ってから、確実に動き始めて色付きはじめた。


―――――――――――――――――――――

ご愛読ありがとうございました。


と言うのはまだ早いですね。『電車の中で肩を貸したら、人形姫と添い寝するようになりました』第1章はこれにて幕を閉じます。


次回、第2章最初の話―――『真白、凪くんちに進出する』編が始まります!!


この作品を気に入っていただいたなら、栗花落真白というヒロインが最高に可愛いと思って頂けたなら、ぜひブクマ登録と『☆』評価をお願い致します。


第2章もよろしくお願いいたしますね!!


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