第43話 真白が晩御飯を作らない理由

「……真白、今日の晩御飯ってなに?」

「しーらない」

「今日は外食の気分なのか?」

「それは凪くんのお母さんが一番知ってるんじゃないですか?」


 寝起きのぼんやりとした目で、外行きの服に着替えている真白を捕らえて、頭を支配している疑問をぶつけてみた。

 でも、真白の答えは覚醒したばかりの俺の脳味噌では処理できないものだ。


 晩御飯を真白んちで食べるのを了承しないと、壊れたラジオだかウグイス嬢だかな感じで、延々と続く真白の圧力は恐怖を煽ってくるから、従う方が身のためだって、直感がいつも俺にそう告げる……。

 なので、彼女と添い寝するようになってから、俺はいつも真白と晩御飯をともにしている。


 それなのに、なぜ今は俺のお母さんが出てくるわけ?


「お前が起きたあと、なにか仕掛けてこないのって珍しいね」

「それは凪くんに寝る前に仕掛けられたからですが?」

「言葉にトゲがあるように思えるのは俺が寝起きだからだよね!?」

「薔薇のように美しい女の子だと褒めてくれて嬉しいわー」


 拗ねているようにも、怒っているようにも見える。

 今の真白はげっ歯類と勘違いされがちなハリネズミみたいな雰囲気を纏っている。


 トゲトゲしいというか、ぴりぴりしているというか、触れれば痛みとともに電気が走るのではないかという予感すらさせてくれる。

 だけど、小動物特有の可愛らしさはちゃんとあって、保護欲を刺激してくる。


「俺……寝てる間に真白になんかしたかな……」


 とりあえず真白がこんなふうになっている理由を知らないまま、謝っても逆効果にしかならないから、俺はおずおずと真白が不機嫌そうにしている理由を聞いてみた。


「寝てる時の凪くんはいい子でしたが、起きてる時の凪くんは悪い子ですね」

「その……今日痛くさせちゃった……?」

「……っ!!」

「今の真白の格好と一致しない表情をやめて!!」


 着替えの最中だから、彼女の新雪のような白い肌を隠すものはない。

 体にかかっている栗色の髪と合わさって、絶妙なコントラストを醸し出す。


 真白は今、下着こそ付けているものの、ブラウスを着たばかりで、スカートもまだ履いていない。

 なので、クローゼットのほうに向いてる真白のぷりっとしたお尻と周辺がレースになっている桜色の可愛らしいパンツが丸見えだ。


 その格好をなんとも思っていなさそうなのに、俺の発言に対して睨みつけてくるのはさすがにどう対処したらいいのか分からない。

 真白の羞恥心はきっと俺のそれとは天と地の差がある。


 普通なら、そんな格好をしていたら、とても堂々と人を睨めるものではない……。


「今日は私晩御飯作りませんので」

「え?」

「凪くんのお母さんはいつもお料理してるのですか?」

「なんでおか……」


 そう言いかけて、今日の昼休みに真白から放たれた言葉を思い出す。


 ――凪くんは浮気してます。


 なぜか、俺はあらぬ疑いを掛けられてしまっている。

 でも、それ以降、真白は特にそれについて言及してこなかったから、すっかり忘れていた。


 それどころか、今日の真白は普通に、いや、いつもより可愛くすら感じられた。


 ――凪くんが……私をおうちに入れようとしてくれませんから……!!


 もしかして、考えたくないはないのだけど、それは俺を油断させて、強引に俺の家に上がり込もうという作戦じゃないよね……?

 背筋がゾッとするような感覚を覚えて、俺は真白という女の子を理解してしまった。いや、思い出したというのが正しいだろう。


 これは、進撃でも、突撃でもなく―――奇襲だ。

 栗花落真白は一見ふんわりに見えて、実はかなり押しの強い女の子だったりする。


 寝起きから覚醒した俺の脳味噌はやはりハイスペックというべきか、真白の言葉から彼女の意図を正確に理解できてしまった。

 伊達に彼女と半年以上傍から見れば、まったく噛み合っていないような会話をしてきたわけではない。


 噛み合っていないと思われることはあるかもしれないが、ちゃんとお互いを理解出来てしまうのが俺と真白の関係だ。

 それは俺と真白が作り上げてきた、何よりも大事なもののように思えた。


「なっ、真白……」

「凪くんも早く着替えたら? 今日は泊まらないでしょう?」

「自分の要望を俺の未来についての予言みたいに語るな!!」

「犯人に言い渡す判決は有罪しかありません!!」


 噛み合わっていないような会話でも、俺と真白とのやり取りがちゃんと成り立っていることに微笑ましさを感じる。

 そこには俺と真白との絆がちゃんとあると思うと、胸が締め付けられた。


「せめて俺を容疑者と呼べ!!」

「疑いが晴れることがないのにですか!?」

「疑いを晴らすために今からうちに来ようとしてるじゃないのか!?」


 おっと、微笑ましさに浸っている場合ではない。

 ここはちゃんと俺は無実だと主張しなければ、ほんとに真白に押し切られて、うちまで来られてしまう。


「では、疑いを晴らしてください♡」


 さっきまでの、プレッシャーを感じさせるような表情と打って変わって、真白は一瞬にしてビジュアルだけが可愛いにんまりとした笑顔を浮かべた。

 まるで悪魔のようで、堕天使のようで、やはり悪魔のようだった。


 それは俺が真白の要望を断れたことなんて、今まで一度もないことを思い出させてくれる……。

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