第32話 だから、付き合ってほしい

 血は出ていたけど、軽傷だったらしい。

 念の為に一日入院することになったけど、期末テスト当日には登校しても大丈夫だそうだ。


 俺をバットで殴ったサッカー部のやつは、多分本気で人を殴る勇気がなかったのだろう。

 それとも、あのが守ってくれたのだろうか……。


 そんなことを考えながら、教室のドアをくぐると、よく聞き慣れた騒々しい声が真っ先に俺に降りかかる。


「貴様!! あたしを置いて先に行くつもりか!?」

「お前は俺のなんなんだよ!?」


 楽々浦だ。

 彼女は出会い頭に俺との関係を勘違いさせるような言葉を衆人の目の前で浴びせかけてくる。


「少尉! お前がいなくなったら、この部隊は全滅だよ!」

「俺の知らないところで特殊部隊できた!? 俺がエースなのか!? これから任務に向かう直前なのか!?」


 かけるくんは相変わらずその愉快な設定に俺を巻き込んでくる。


「とりあえず無事でよかったわ〜」

「ありがとう、三宮さん」

千春ちはるって呼んでいいよ〜」


 初めて三宮の下の名前を知った衝撃に、俺はしばらく呆けていた。

 これからはちゃんとクラスメイトの名前を覚えよう……二度とさぶろうくんや三宮みたいな犠牲者を出さないためにも。


「はいはい、テスト始まるから、席に戻って」


 俺の後からやってきた、いつもHRをクラス委員でもない楽々浦に任せていた担任が俺たちを宥めて、「ほんとによかったね」と声をかけてくれた。

 その言葉がなかったら、ただの無責任な大人だと思ったところだ。


 俺は真白をして、自分の席に座った。

 それから黙々と解答用紙を埋めていく。


 テストの休み時間にかけるくんから聞いた話によると、一色先輩は退学、ほかに俺を襲撃したサッカー部員は全員無期限停学になったらしい。

 一色先輩は今までやってきた悪事もバレて、警察に連行されていったという。


 なぜこんなに学校が動いたのか不思議に思ったが、ちゃんと理由があった。

 真白が楽々浦にお願いしたらしい。凪くんを傷つけた人たちに罰が下るように協力して欲しいだそうだ。


 その時の真白の顔を目撃したやつらが、ゾッとして膝が震えたのは、少し、いやかなり噂になっている。


 それから―――


「そんな卑劣なことをするやつを許せる人いる!? 正義が許してもあたしは許さない!!」

「少尉が二階級特進するかもしれなかったってのに、俺らは黙っていいのか!? 槍を持て!!」

「みんな、ちょん切るわよ〜」

 

 ―――HRで、楽々浦、かけるくんと三宮が声を上げてくれた。

 楽々浦の影響力もあってか、クラス全体での抗議が学校で行われた。


 そこまで事件が明るみになれば、学校側も黙っていられなかったみたい。

 警察が来たのは想定外だが、誰かが通報したらしい。


 ほんと、良い友達を持ったなって、少し涙が出そうになった。

 そこは銃じゃなくて槍なんだ!? ってやや原始的なかけるくんの発言に目を瞑って、一人だけ意味のわからない、男にとっては恐怖でしかない号令を口走ってるのをスルーすれば、ほんとに胸がじーんとなってくる。


 あと、楽々浦、お前、正義なめすぎ。

 正義がそんなことを許したら、もはや正義とは呼べぬ。


 照れ隠しにそんなことを考えていたら、初日のテストが終わった。




 川沿いの道をしばらく歩いたら、鉛白色の住宅街が目に入った。

 そこから細い道を通り、見慣れた家の前にたどり着く。


 その家の前に一人の女の子が立っていて、琥珀色の目を輝かせて、俺を見つめている。

 栗色の髪は肩で前後に分かれて、新雪のような白い肌は冬服から僅かにのぞけた。


「待たせたね、真白」

「はい、待たされました」


 そんな返事が帰ってくるとは思わず、何を話したらいいか分からなかった。


「……ごめんなさい」


 とりあえず謝っておいた。


「あら、凪くんにそんな殊勝しゅしょうな心がけがあったなんて尊敬します」

「ねえ、絶対怒ってるよね!! 怒ってるだろう!!」

「それは凪くんのここからの言葉次第ですね」


 微笑をたたえながら、俺を見つめている真白はやや怖いと思ったが、すごくすごく愛しく感じられた。


「好きです。俺と付き合ってください」


 ちゃんとすると決めたから、人生で初めての告白の言葉を口にする。

 渚紗の時に最後まで言えなかった言葉だ。


 緊張してるからか、俺は自然と頭をやや下げてしまった。

 敬語になったのは、俺なりの誠意を伝えようと思ったからだ。


「前は『愛してる』って言ってくれたのに、今は『好き』なんですね……」


 でも、真白はそれを許してくれない。


 だから、俺は意を決して―――


「真白、俺は君を愛してる……だから、付き合って欲しい」


 ―――言い直した。


「はい、喜んで」


 俺の告白に、真白は満開のひまわりのような笑顔を浮かべた。


「やっと、恋人になれましたね……」

「……うん」

「私、すごく不安だった……」

「不安にさせて、ごめん……」


 真白の口から、『恋人』という言葉が出るとは予想していなかったから、愛しさで胸が締め付けられる。


「約束はちゃんと守ってくれる?」

「約束?」

「一緒にアイスを食べる約束」

「真白が飽きるまで、一緒に食べるよ」

「……飽きません……から」


 二人して俯いて、しばらく沈黙が続いた。気まずさもいたたまれなさもなく、心地よい時間だった。


 やがて真白が口を開いて、


「これからも、私と添い寝してくれませんか……?」


 と、俺たちが初めて会話した日を彷彿とさせる言葉をつむぐ。


 そんなことを言われたら、俺の返事は一つだけに決まってるじゃないか……。


「ビッチなのか?」

「私まだビッチだと思われてるんですか!?」


 懐かしいやり取りをして、俺は真白を両手で抱きしめた。


「もう一生離さないよ……」

「……それはプロポーズですか?」

「ノーコメントで」


 真白から漂っているフローラルとシフォンケーキの香りがとても優しく、俺の心を満たしていく。


 彼女はたった今、俺の恋人になった。

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