第6話 告白される人形姫

 人形姫は笑わない。


 というか、無機質で無表情。故に人形なのである。

 高校一年生でありながら、入学半年ですでに学校一の美少女という呼び声が高く、同じクラスの俺からしたらそれはほぼ間違いないだろうと思う。


 うちの校舎は『コ』の字の形で、三階建て。学年別に階層が割り当てられていて、ちなみに俺ら一年生は一階に教室を構えている。教室は内側にあるので、いわゆる校舎裏というものが、『コ』の外側全体を指す。

 昇降口の段差が分厚いから、一階の床と地面がやや離れており、廊下側の窓から外に人がいても、せいぜい肩から上が見える程度だ。


 栗色の髪を頭の左右で編み込んでいる美少女の顔は無機質のまま、少したじたじしている。

 彼女に面と向かってまくし立てる男は、いわばモテる男だ。一色いっしきというの名の先輩である。


 よく一階の一年生のフロアを訪れて、たまに女子の「一色先輩だぁー」という嬉しそうな声が聞こえてくるから、なんとなく覚えているが、二年生だか三年生だかは知らん。興味も無い。

 先輩というだけで、本来の株価が何割増かになるというのは学生の七不思議。とりわけ高校生のそれは桁違いだ。


 一色先輩の容姿については評価しない。「ブサイクではない」と言っても、「まあまあかっこいい」と言っても、何目線? とか僻みと思われるし、「すごいかっこいい」ってまず男子が同性に思うことでもない。

 ファッション誌のモデルならともかく、一般人の学校の同性の先輩に対して男子はそんなに容姿に興味を持っていないのではなかろうか? ポメラニアンが可愛いかどうかのほうがまだ興味ある。


 誰かに恋愛感情を抱かないから、逆に他人の恋愛感情に敏感になるというものだ。

 一色先輩のそれが人形姫に向いてるのは、自然と分かった。


 詳しくは分からないが、人形姫はよく告白されるらしい。無機質な人形に抱くそれは恋愛感情というより所有欲に似ている。

 男子から聞いた話だと、無愛想ではないが表情が乏しい、というか死んでいるから、付き合って一緒に恋人らしい楽しいことをしようというより、自分のステータスを上げるための鑑賞用の雛人形を手に入れたいという感情に近いらしい。中には純粋に体目当ての人もいるから、正直タチが悪い。


「栗花落、付き合ってくれない?」

「……それはもう断ったはずです」

「だからぁ、俺の彼女になるのは悪くない話だって言ってんだよ!」

「なんでですか?」

「ほら、俺女子に人気あるし、サッカー部だし、実家もまあ金持ちだし、俺の彼女になったらお前だって鼻が高いだろう? あと欲しいものは買ってあげるからさぁ」

「……それが先輩がどうとかじゃないですよね」


 一色先輩の疾風のようなアピールに、人形姫がやや呆れたように瞳を伏せて含みのある言い回しをした。


「どういうことだ?」

「それ、『先輩が』ってものが入ってないんですよね」

「意味が分からん」

「女子が、サッカー部が、実家が、何一つ先輩自身のことを言ってないじゃないですか?」


 一色先輩が人形姫に抱いてる恋愛感情はどんな類いのものなのかはだいたい察しがつく。

 仮に人形姫と付き合うことになったとしたら、「俺が栗花落の彼氏だ」じゃなくて、「人形姫が俺の彼女だ」と言うだろう、と言えば分かって頂けるかな。


 そんなやり取りを俺は五分も見ていた。


 人形姫に告白されるから、付き添って欲しいって言われたから? いや、告白相手の気持ちを考えずにそんな無粋なことを、人形姫はしないと思うし、何より俺と人形姫がろくに会話したのは昨日が初めてだ。そんな男に告白されるから付き添ってほしいと言ってきたら、ちょっと引く。


 じゃ、何故かって?


 普通に帰宅しようとして、窓から人形姫がしているのが見えたからだ。

 人形姫は笑わない。それと同時に困った顔もしない。なのに、俺が通りかかった時は、彼女は少し困った表情を滲ませていた。


 これだけが原因というのは自分でも驚いた。自分にひまわりのような笑顔を向けていた彼女が、困った顔をしているのをどうしても見過ごせなかった。

 余計な事かもしれないが、俺はそのままそっと窓の縁に頬杖をついて、状況をじっと観察していた。そしてかれこれ五分ほど経つ。


 俺が来てからこれだから、一色先輩はたぶん優に五分以上も人形姫を拘束していたと思う。


 人形姫の言わんとすることが分かったのか、一色先輩は眉をひそめて、横を向く。そして頭を上げると、あら不思議、俺と目が合った。


「てめぇ、そこでなにしてんだ!」


 呼ばれたので、そっと窓を開ける。


「見ていただけです。どうぞ気にしないでください」

「気にするわ! アホか!?」


 目の前に女子がいるにも関わらず、一色先輩は素っ頓狂な声を上げる。

 少し視線を横に向けると、人形姫は混乱、困惑と少し歓喜の入り交じった表情で俺を見つめている。


 なんだ。ちゃんと表情豊かじゃないか。


「アホかどうかでいうと、アホじゃないですね」

「はあ!?」

「成績は結構いいほうなので」

「そういうことじゃないわ! ぼけ!」


 喚くように怒鳴りつけてくる一色先輩に、俺は思わずため息をつく。すると、一色先輩はさらに怒気を孕んだ声で責め立ててくる。


「だいたい、お前の格好ってなんだ!? 帰宅部は帰宅部らしくさっさと帰っちまえ!」

「それを言うなら、サッカー部はサッカー部らしく、部活を始めなくても大丈夫ですか? これじゃ、先輩ご自慢のサッカー部員ポジションの価値が下がりますよ?」

「はあ? なんで俺がサッカー部だって知ってんだお前」

「さっきからずっと聞いてましたから」


 すると、一色先輩だけでなく、人形姫も意味が分からないという顔を浮かべる。


「ええ!?」


 そして仲良く間抜けな叫び声を上げた。

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