彼女の話 第一話
『愛してる……』
最愛の彼はその一言を残して姿を消した。
「本日から東京第六支部に配属になりました、麻生佳奈です」
私は先輩隊員らに敬礼した。
「ようこそ第六支部へ。君の噂は聞いているよ。トレーニングを首席でクリアしたんだってね。そんな優秀な君がうちの支部に来てくれて嬉しいよ。私はここの支部長の
武田支部長は30代前半くらいで体格もいい。支部長クラスにわりに温厚そうな雰囲気で、トレーニングの教官たちとは大違いだ。
私は差し出された手を取る。
「よろしくお願いします」
「武田さんよぅ、そんな当たり障りのない挨拶はいいから、ズバッと聞いちゃえばいいじゃないですか。そんな優秀なのになんでうちの支部を志望したのかってね」
そう口を挟んだ男は私と同い年くらい。プリン色の頭をした、いかにもチャラチャラした男。
「それは……」
「はいはい。人には色々事情があるんだから、詮索しないようにね。杉野君だってつつかれたくない過去の一つや二つくらいあるでしょ」
武田支部長にそう言われて、杉野さんは黙った。
「失礼なところがあってごめんね。彼は
「小森みさとです。よろしくお願いします」
黒髪の美しい女性がお辞儀をした。こんな時代じゃなかったらモデルにスカウトされそうだ。
「さて、全員の自己紹介が済んだところでこの建物の案内をしようかな。小森さん、頼んだよ」
「はい。では案内します」
私は後に続いた。
「一階は支部室とお風呂場とお手洗い。二階は寝室です」
一階を見て回り、最後に訪れた寝室は布団が二組置かれた洋室だった。二組ってことは今日から小森さんと相部屋か。まあシェルターでは女子部屋で十数人と雑魚寝してたわけだから、今更気にすることもないんだけど。
それにしても小森さんって華奢で美人だなぁ……腕も細いし。あんな腕で剣を振れるのかな。それに杉野さんだって、チャラチャラしてて戦闘する姿が想像できない。武田支部長は褒めていたけど、優しそうだし持ち上げているだけかも。いくら第六支部の管轄地区が他と比べて特殊だからって、まともに戦力になりそうなのが支部長だけって本当に大丈夫なのかな……この支部にいて、私は強くなれるのかな。
その夜、私は隣で寝ている小森さんを起こさないようにこっそり布団から起き出し、一階の支部室へ向かった。懐中電灯で照らしながら壁際の本棚を探していると、目的のファイルが見つかった。
『東京第六支部隊員情報』と書かれたそのファイルを開くと、一番に杉野さんの情報が見つかった。
杉野英斗。23歳。東京第一支部所属であったが、規律違反により四月から東京第六支部へ移動。
東京第一支部って、PBN駆除の最前線、湾岸地区を管轄しているところだ。
戦闘回数56って……すごい。武田支部長が言っていたことも嘘じゃなかったのか。それにしても『規律違反により移動』って一体何をしたんだろう。
ページをめくると、小森さんの情報があった。
小森みさと。24歳。三月から東京第六支部所属。
「戦闘回数、ゼロ……」
その時、顔にライトが当たった。
「詮索しないようにって昼間に言ったんだけどね」
そこには武田支部長の姿があった。
「少し外で話そうか」
外に出ると、空にはたくさんの星が見えた。
「寒くない?」
「いえ、大丈夫です……」
ファイルを漁っているところを支部長に見られたのは良くない。処罰もありえるかも……
「私達のことが気になっていたみたいだから、まずは私の話を聞いてもらおうと思ってね。他の隊員の事情を私から勝手に話すことはできないからさ」
武田支部長の目線に促されて私は近くのベンチに腰掛けた。支部長も隣に座る。
「私は前まで自衛隊に所属していたんだ。でもPBNの襲来があって、自衛隊の戦力ではPBNに対抗できないって分かると、混乱も相まって自衛隊は事実上の解散になった。その後、特組が発足することになって、私はすぐに入隊を決めたんだ。自衛隊にいた頃から多くの人を守りたいっていう思いはずっと持っていたからね。トレーニングを終えて、配属の希望を聞かれたとき、私はこの第六支部を志望したんだ。同期からは嘲笑されたよ。そんな腰抜けだとは思わなかったってね。知っての通り、第六支部の管轄地区は東京の全支部の中で最もPBNの出現率が低いから」
武田支部長は乾いたように笑った。
「私はね、別に命が惜しくてここを志望したわけじゃないんだよ。特組に入隊した時からとっくに覚悟はできていた。そうじゃなくて……第六支部の管轄内に妻と娘がいるんだ。同じ命を懸けるなら、自分の大切な人を守っているんだって誇りをもって戦いたい。そう思っているだけなんだ。だから周りから腰抜けだなんだって言われても、そんなことはどうだっていいんだよ」
そう言って少し寂しそうに微笑んだ。
この人は……私と同じなんだ。
「私も同じです。恋人がここの管轄内にいるかもしれなくて、それで志望したんです」
言葉にしたら抑え込んでいた思いが止まらなくなった。
「突然行方が分からなくなって、心当たりもなくって……」
五月の暖かい日だった。いつものように待ち合わせ場所に行ったら成海の姿はなくて、代わりに紙袋が置いてあった。中にはボイスレコーダーとお菓子が入っていた。
ボイスレコーダーは何故か録音中になっていて、仕方なく録音を止めて再生してみるとたった一言だけが残されていた。一体どうしたんだろう。それにこのお菓子だって……配給が始まってから一度も目にしたことはなかった。成海のシェルターでも配給はなかったはず。そう考えるとわざわざどこかのシェルターまでもらいに行ってくれたんだ。そうだ……きっと私の誕生日が近いから。成海の考えそうなことだ。
でもそれなら直接渡してくれればいいのに。
嫌な予感がした。翌日、私は成海のいるシェルターへ向かった。成海の婚約者だと嘘を言ってシェルターの管理者に成海の情報を調べてもらった。成海は……もうそこにいなかった。
「彼がシェルターを出るときに手続きをした管理者の人が教えてくれたんです。山井県までの地図はないかと聞かれたって。だから彼は山井県にいると信じて、彼を守るためにここにいます」
第六支部は東京都の西部と山井県の一部を管轄している。武田支部長が言っていた通り、ここの管轄はPBNがそう現れないし、山井県は一度も被害を受けていない。だから成海が本当に山井県にいるなら、少し安心できる。
成海は機械が苦手だった。もしかしたらボイスレコーダーには別れの言葉を残そうと思っていたのかもしれない。でも操作を間違えて、一番愛しくて一番残酷な言葉を残していった。
ずっと前だけを向いてここまでやってきたけど、時々不安になるよ。私のしていることは本当に成海を守ることに繋がっているのかな。早く会いたいよ……
「そっか、それは辛かったね」
武田支部長は私の頭の上にポンと手をのせた。
「話してくれてありがとう。一緒に頑張ろうね」
「……はい」
私は涙がこぼれないように星空を見上げた。
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