俺の話 第三話
それから2ヶ月が過ぎた。あの日、公園に置いてきたボイスレコーダーとお菓子の入った紙袋はちゃんと佳奈の元に渡ったのか、俺には確かめる術がない。もしかしたら別の誰かが持っていったかもしれない。それならそれでいい。何も言わずに勝手にいなくなるようなひどい奴だって嫌いになって、俺のことなんて早く忘れればいい。
俺はあの後運良く乗り捨てられたバイクを見つけ、そのガソリンが切れるとしばらく歩いて別のバイクを探すというふうにしていたら数日で目的の村についた。
叔父さん夫婦をはじめとする村の人達は、逃げてきた俺を温かく迎えてくれた。この村ではほぼ自給自足の生活が行われていて、テレビやネットもない。だからPBN出現による変化のないこの村の生活は、俺の不安定だった心に平穏をもたらした。
PBNや特組の情報は村の広場にある掲示板に時折張り出されるが、それが一体どれほど前の情報なのかは分からない。毎日その掲示板を見に行って、佳奈に繋がる情報はないかと探すが、一度もそれらしき内容はなかった。佳奈が特組隊員になっていないならそれはそれでいいんだ。危ない目になんて遭ってほしくない。なんて、佳奈を置いて逃げた俺が言えたことではないけれど。
「成海ー、山できのこ取ってきてくれないか。」
その時、叔父に声をかけられた。
「はーい、行ってきます。」
お昼ご飯に使うのだろうか。俺は山の中へ向かった。
家から20分ほど歩いた山の中に、教えてもらったキノコの採取場所がある。山のことなんて何も知らなかったけど、叔父さんが一つ一つ教えてくれた。今ではキノコ採りが俺の仕事の一つになっている。
ここで一人、山に入っていると数カ月前のあの出来事が夢だったんじゃないかと思えてくる。本当はPBNなんて存在しなくて、俺の妄想なんじゃないかって。PBN被害がなく、痛ましい情報を伝えるテレビやネットもないこの村ではPBNのことを話題にする者はほとんどいない。最初は置いてきた佳奈を想い、自分の不甲斐なさを悔しく思った。しかし、ここでの穏やかすぎる生活は俺の心を麻痺させた。そんな夢見心地のような日々の中で、毎日の習慣で見に行く掲示板の情報だけが、「ああ、あれは夢じゃなかったんだ」って俺を引き戻す。
持ってきた袋が一杯になったところで俺は大きく伸びをした。叔父さん夫婦と俺の3人だけだからこれで十分だろう。また必要になったら採りに来ればいい。
その時、辺りが不自然に暗いことに気づいた。雨雲が来ているのだろうか。それなら早く家へ帰らないと。
俺は空を見上げた。
「……!」
そこには何度も夢に見たあいつの……PBNの顔が見えた。
なんで……! ここには一度もPBNが来たことはない。そもそもここは、海から100km以上離れてるんだぞ!
もう日本のどこにも安息の地なんて存在しないんだ。それならば、もう死んでるのと同じじゃないか。
ああ、じゃあせめて苦しまないといいな……
って、ダメだろ! このままじゃ村までPBNが来てしまう。今まで親切にしてくれた叔父さん夫婦や村の人達に危険を知らせないと。どうすればあいつの被害を受けずに済むのか分かんないけど、どうにかしてみんなを助けないと……!
幸いなことにPBNは動きを止めている。急いで戻ればきっとまだ間に合う。でも、恐怖でガクガクと震える体には上手く力が入らない。
おい、動いてくれよ! 俺の足! 頼むよ!
なんでだよ……俺はどうやったってみんなを守るヒーローにはなれないのかよ。
「あ……あああああああ!」
体の底から湧き上がるように、泣き声に近い声が溢れる。悔しくて悔しくて涙が出る。
その時、俺の目の前に何かが立ちふさがった。特組の黒いヒーロースーツを身にまとったその人は俺に背を向けてPBNと対峙する。
突然、小学生の時の記憶がフラッシュバックした。あの日、こんな風に君が俺をかばってくれたんだ。
「佳奈……」
掠れる声で呟く。
「他に人はいますか?」
背中越しに声をかけられてハッと我に返った。
「この山には俺一人で……でも、ここから北東方向に20分ほど歩いたところに村があります! お願いです! 助けてください!」
「分かりました」
その人は小型の機械に俺が言った情報を伝えた。
「私達が来たからもう大丈夫です。安心してください」
俺に背を向けたままそう言って、その人はPBNへ向かっていった。
白い巨体はみるみるうちに解体されていった。俺はその様子をただ見ていることしかできなかった。
やがてPBNは僕のいる場所から見る影もなくなった。視界が明るくなる。俺は、まだ生きている。
しばらくするとあの人が戻ってきた。さっきはよく分からなかったけど、その人は腰に二本の剣を差していて、これであの巨体を倒したみたいだ。スーツには赤い染みが所々ついていて、戦闘の生々しさを感じる。
「PBNの駆除は完了しました。あなたのおかげで村の住人の避難が出来ました。ご協力ありがとうございました」
俺に背を向けて彼女は無機質な声で言った。そっか、俺も少しは役に立てたんだ。よかった……
俺は彼女に声をかけた。
「佳奈」
彼女は動かない。
「佳奈、こっち向いてよ」
「……だめ。私は怒ってるんだから。振り向いたら……成海の顔見たら、それどころじゃなくなっちゃう」
「後でいくらでも怒られるから、お願いだから顔、見せてよ」
「……ばか」
彼女は振り向くと俺に抱きついてきた。
「なんで勝手にいなくなるのよ……! 私が……どんな思いで今まで過ごしてきたか……っ!」
「ごめん。本当にごめんな」
胸に顔を埋めて泣きじゃくる彼女に俺は謝ることしかできない。
「馬鹿馬鹿……本当に馬鹿……」
「ごめん……」
彼女はキッと顔をあげた。
「愛してるって言い残していなくなる馬鹿がどこにいるのよ!」
「え……?」
「いつも通り公園に行ったら成海の姿は無くて、代わりに紙袋が置いてあって、中身はボイスレコーダーとお菓子で。ボイスレコーダーは何故か録音中になってて、しばらく待ったけど成海が来なかったから、録音を止めてその日は帰ったの。シェルターに戻って再生してみたらその一言しか録音されてなくて……愛してるって言われてそれから何カ月も恋人が所在不明になった私の気持ちが分かる!?」
「ご、ごめん……色々録音したつもりだったんだけど、ボタン間違えたみたい……」
彼女はため息をついた。当然だよね。こんな大事な時に失敗するなんて呆れるに決まってる。
「まあ、いいわ。どうせ、俺と別れようとか、守ってくれるような男を見つけてほしいとか、そーいうくだらない事言ってるんでしょ」
図星で俺は言葉に詰まった。
「いい? 私は守ってくれる彼氏が欲しいんじゃない! 好きな男は私が守りたいの! だから……」
そう言って彼女は俺を抱きしめた。
「安心して私の側にいなさい。私が必ず守ってあげる」
俺は愛しくて彼女を強く抱きしめ返した。
「あと、録音じゃなくて、言いたいことがあるなら直接言った方がいいんじゃない」
「うん……誕生日おめでとう……愛してる」
「ん……」
「こんな俺でいいの……?」
「こんな君が好きなんだからしょうがないでしょ。……恥ずかしいんだから何度も言わせないで」
ああ、そうだ。佳奈は昔からこうだった。
「俺の彼女は世界一カッコよくて可愛いな」
「……ばかじゃないの」
そう言って佳奈が笑うから俺もつられて笑った。こんな風にまた笑いあえるなんて思いもしなかった。
今度は佳奈の隣にふさわしい男になろう。もう2度と手放したりなんかしない。
俺はヒーローの額にそっと口づけた。
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