それのショートショート

橋元ノソレ

疲中遊行

 一人暮らしのH氏は、2カ月ぶりに休暇を得た。毎日の残業と、休日出勤が日常になっていたが、会社の繁忙期が過ぎたのだ。


 H氏は、休みを喜んでいたが、気は抜かなかった。

 過去に何度も、疲労が溜まり、ぼうとしたまま、帰宅することがあった。その度、翌日になってから、無意識にとんでもないことをしていたと、昨夜の自分に驚くのだ。

 卵を三角コーナーに割り入れていたり、冷蔵庫から暖かいカイロが出てきたり、テレビを水洗いして買い直したこともあった。


 料理を趣味にしていたH氏は、明日が休みだと、気持ちにゆとりができ、夕食を作り始めた。野菜の皮を剥き、それらを切り、卵を割り、それを焼く。その動作を一つ一つ確認しながら調理し、やがて、一汁一菜ができあがった。

 H氏は、夕食を済ませると、猛烈な眠気に襲われ、その場で眠ってしまった。


 H氏が起床すると、卓上に置きっぱなしの、汚れた食器を前に、自分の失敗を知った。夕食に、米を炊くことを忘れていたのだった。

 H氏は、今までの自分に比べれば、軽い失敗だったと、胸をなでおろした。そして、安心したら喉が渇いたと思い、台所へ向った。

 そこの三角コーナーには、可食部のみになった野菜と、卵白、卵黄が、入れられていた。


 それから一年が経った。

 H氏は、また翌朝になってから、驚くことになると予想される。

 疲労で変な精神状態になった、昨晩の自分が、一年前の失敗談を、小説サイトに投稿しているのだから。

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