同い年の二人

 体の向きを返せば、沖田もちょうど自身の刀を拭っているところだった。足元には、任せた敵の内の一人が事切れ、別の一人が敢えて生かされた状態で気を失って転がっている。


「何だか、思った以上にあっさりでしたねえ」


 声音も表情も、戦闘前と変わらず涼しげだった。しかも斎藤とは違って返り血一つ浴びていない。到底、三対一という不利な戦いを終えたばかりとは思えない余裕ぶりだった。


 見た目が華奢な優男ではあるが、実はも何もこの沖田、新選組という武装組織においては、局長や副長に次ぐ副長助勤筆頭を務める――要は、指折りのつわものなのである。


「あ」


 不意に沖田が視線を上げて、間の抜けた声を上げた。


 どうかしたのか。斎藤が返り血と汗を手の甲で拭いながら目を細めれば、沖田は刀を鞘に納めながら、悪戯が見つかった子供のように首をすくめた。


「すみません、そういえば一人だけ逃がしちゃったんですけど」


 アハハと明るく笑う。


 言われて再び視線を下げると、確かに浪士達の数が合っていないことに気が付いた。


「でも大丈夫ですよね? 予想外に悪さをしようとしてたわけじゃ、ないみたいですし」


 ――いや、自分達の命を狙ってくる行為は『悪さ』にならないのか。


 思ったが、それをいちいち口に出すのは面倒に思えて、斎藤は表情を動かさず「そうか」と相槌を打つ。


「で、この人達、どこのどなたさんなんでしょう?」


 沖田は斎藤の傍らに歩み寄ってくると、大して興味もなさそうに男達を一瞥した。


 訊くの忘れちゃいました、とあっけらかんと言うが、逃がした男を追わなかったのと同様に、そもそも訊く気がなかったのではないかと思われる。


「……一人は土佐訛りだった。もう一人も、はっきりはしないが大坂辺りの訛りだったな」

「へえ、そうですか。土佐ってことは、いつだったかに名を馳せていた『土佐勤王党』の残党さんなんでしょうかね?」

「さあ。何だっていいんじゃないか」


 小虫を払うがごとく投げやりに言うと、沖田は「おや、どうしてです?」と目を瞬かせる。


「こんなお粗末な襲撃じゃ、大した収穫も見込めない」


 端的な答えに、沖田は「あー」という、わかったのかわからないのか判断の付かない声を上げた。それから幼子のように唇を突き出して、不満げに言う。


「私達、せっかく非番返上で働いたのに」

「……どの道、土佐の山内家は佐幕だろう。俺達の仕事は、奉行所に身柄を引き渡して終わりだと思うが」

「あえー」


 今度は謎の相槌を返された。見れば、沖田は何やら思案顔で視線を斜めに浮かせていた。かと思えば、至って真剣な瞳を斎藤に戻して、


「あの、すみません。話の腰を折りますけど、さばくって何でしたっけ」

「……徳川に忠誠を誓って、幕府の補佐をしようとする者の総称」


 斎藤は呆れて半眼を返した。


 沖田は悪気なく笑って「そうでした」と舌を出す。


「すみません、何度聞いても忘れちゃうんですよね。尊王や勤王がを敬うことっていうのは、最近理解したんですけど。字面で覚えたらいいんですかね、さばく、佐幕……」

「沖田さんは本当に時勢に興味がないな……」

「えっ、斎藤さんもそんなに興味おありには見えませんけど」

「ああ……まあ、否定はしないが」

「ほらぁ! ですよね、やっぱり同い年!」


 沖田は嬉しそうに目元をたわめ、斎藤の肩を軽く叩いた。


 今のは喜ぶところだっただろうか。疑問が湧いたが、やはりいちいち声に出すのは面倒で、斎藤は曖昧に口をつぐんだ。興味の有無と知識の有無は別物だと思うわけだが、沖田が相手では、恐らく言っても無駄な気がする。


 ――そう、時勢。そもそもこの国が揺れ始めたのは、今からもう十一年も前のことだ。


 嘉永六年の初夏、鎖国の安寧を保っていたこの日本に、突如としてやって来た『黒船いこくせん』。威圧的な開国の要求に、国中の思想はこれを呑むべきか、それとも追い払う『攘夷じょうい』を決行すべきかと、真っ二つに分かれてしまった。


 ましてや国を統治する幕府が開国を推し進め、国の頂点たる帝が攘夷を呼びかけるという『国そのもの』に二分が生じては……以来、市井の意見がぶつかり合い、ままならず「国のため」と称した暴動や刃傷沙汰が跋扈しているのも、仕方がないのかもしれない。


 特に帝のおわす京の都には、先刻のように何かといきり立つ志士達が多く出没していた。


 昨年には『八月十八日の変』と呼ばれる、一つの大きな政変が成った次第もあった。朝廷と幕府を結びつけ、国を一丸にさせようと動いている会津や薩摩が、それまで勢力を伸ばしていた長州などの過激な反幕派を、都から追い払うことに成功したのだ。


 しかしそれでもまだ、幕府に反発し、仇なそうと現れる輩は後を絶たず……。


 要はこれを取り締まり、都の治安維持を務めるのが、一年余り前に創設された『新選組』であり、そして新選組の親元ともいえる会津松平家の『京都守護職』なのである。


 ――ただ、そうした渦中にあっても、斎藤は沖田と同様、あるいはそれ以上に、これらの時勢に一切興味を持っていなかった。喪ったヽヽヽ四年前ヽヽヽから、周囲のすべてが絵空事のようにしか感じられなくなっているからだ。要は、すべてがどうでも良い。


 ああ、これだから老けてるだなんて言われるのか。


 何だか諦めにも似た感覚が湧いた。

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