偽りの恋人

夏目碧央

第1話 高校生

 風になびく髪を、中山ヒロはそっと指で耳に掛けた。強めの春風は、どこからか花の香りを運び、ヒロの口角を上げさせる。教室からベランダに出て、中庭を眺めるともなしに手すりにもたれていたヒロの耳に、突然意地の悪い声が飛び込んで来た。

「あいつ、男だよな。気持ち悪っ。」

「ゲイだな、あれは。」

「あははは。」

無視をすればよかったのに、ヒロは振り返ってしまった。教室の中から、クラスメートの男子が4~5人でこちらを見ていた。

「うわ、こっち見たよ。」

「惚れられたらどうしよう!」

「あっははは。」

「あははは。」

男子たちはどっと笑った。昼休みである。風が気持ちよいからと、ふとベランダに出たヒロだったが、その行動が悪目立ちしてしまったようだ。ヒロは顔を下に向け、そそくさと教室に入って自分の席に座った。

 仲の良い友達はいない。自分が他の人と違う事に気づいている。だから自分から声を掛ける事が出来ない。


 放課後、ヒロが帰ろうと鞄に手を掛けたところで、前の席に突然人が座った。背の高い、肩幅の広い男子が、こちらを向いて机に肘をついた。

「ねえ、君彼女とか作った事あんの?彼女じゃないか、彼氏?いないんだったらさ、俺がつき合ってあげよっか?」

その男子がそう言って、ヒロの顔を上から見下ろす。

「あははは。」

「マジかよ。」

数人の男子が周りを取り囲む。ヒロは何も言わず、立ち上がろうとした。

「おいおい、無視かよ。」

「ちゃんと話聞いてよね。」

そう言ったのは周りの男子で、一人がヒロの肩を押して立ち上がりかけたヒロをまた座らせた。

 するとそこへ、

「ちょっと、あんた達何やってるの?」

女子の声がした。橋口ナナだった。

「情っけな。気になる子に意地悪するとか、小学生か。」

ナナはそう言って男子達の輪に割って入ってきた。

「は?何言ってんだ、この女。」

座っていた男子がそう言うと、

「あんた、ゲイなんでしょ?」

ナナは腕組みをしてその男子に言う。

「ちげえし。ゲイなのはこいつだよ。」

その男子がヒロを指さす。

「男の子につき合おうって言ってるのは、あんたでしょ。私は聞いたわよ。」

ナナがそう言うと、その男子は黙って口の中で舌を転がした。そして、すっと立ち上がり、黙って教室を出て行った。周りの男子達も慌ててついて行ったのだった。


 「あの、ありがとう。」

ヒロがナナにそう言うと、ナナはさっきの男子が座っていた席に座った。

「中山君、私が彼女のフリ、してあげよっか。」

ナナがそう言ったので、ヒロはポカンと口を開けてしばらくナナの顔を見ていた。

「そうすればさ、さっきみたいな嫌がらせ、されなくなるでしょ。」

ナナが更にそう言った。

「でも、フリってどうやるの?」

ヒロが不安な目をしてそう言った。

「別に、ただ一緒に帰ったり、話したり、昼休みにご飯食べたり・・・。」

ナナがそう言うと、

「それって、友達とどう違うの?」

ヒロが首をかしげてそう言った。

「あはは、そっか。そうだよね。じゃあさ、私と友達にならない?」

ナナが笑ってそう言った。

「それはもちろんいいけど。でも、どうして?どうして僕の為にそこまでしてくれるの?」

ヒロはまだ不安げだ。

「友達になるのに、理由なんている?まあ、私も友達いないし。」

ナナがそう言うと、

「嘘だ。橋口さん、友達たくさんいるじゃん。」

ヒロがすぐに反論した。ナナは明るくて、誰とでも話すような人だった。

「あー、友達は確かにいるけど、親友はいないんだ。」

ナナは視線を落してそう言った。

「でも・・・。」

ヒロはなかなか煮え切らない。

「あ、あれだよ。さっきの、男子たち。あれね、あんたの事が気になってるだけだから、気にしなくていいよ。男子っていつまで経っても幼稚だよねー。気になる子がいると、からかったり、いじめたりするんだよねー、ほんとバカみたい。」

ナナが早口でそう言うと、ヒロはぷっと吹き出した。

「え?なに?」

「ううん、何でもない。ありがとう。」

ヒロはこの教室で、初めて声を出して笑ったかもしれない。その笑顔は、さっきの男子でなくとも、目の前のナナでさえ、そして周りにいたどの人でさえ、目を奪われる輝きを放っていた。


 そうしてヒロとナナは親友になった。いつも昼休みに一緒にご飯を食べたし、毎日一緒に帰った。ある昼休み、中庭のベンチに座ってのんびりしていると、

「ヒロの髪の毛、綺麗だねえ。ツルツル。」

ナナがヒロの髪の毛を触ってそう言った。

「ふふふ。僕、髪の毛が唯一の自慢なんだ。他に取り柄がないから、髪の毛は切れないって言うか。」

ヒロがそう言って自分の髪を手に取った。ヒロの髪は肩まである。

 取り柄は髪の毛だけじゃない、とナナは言いかけたが、辞めた。ヒロの横顔を眺める。長い髪がよく似合う、とても綺麗な顔立ちをしていた。


 結局、二人は恋人同士のフリをした。男女が二人で仲良くしていると、世間では恋愛関係だと思われる。だから、恋人同士だと周りには思わせておいた。二人はいつも一緒に行動したし、悩みを話し合ったり、勉強を共に頑張ったりした。誰にも文句を言われず、二人は仲良く楽しい高校生活を送った。

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