第三章 41 邪神の残滓・目覚める憎悪
誰だ?! 心の中に声が響いて来る。しかも且つての自分自身の声だ。だが、こんなにも悍ましく憎悪に塗れた様な不気味な声、聞いたこともない……。
(お前は今、怒りという負の感情に飲まれたのだ)
「ぐ……、うっ……、ぐああああああああ!!!!」
何だ? 勝手に魔力が、しかも常闇のような真っ黒な魔力が体から溢れてくる。制御も出来ない。何だってんだ!?
「お前は俺にとって一番言ってはならないことを口走ったな……」
誰だ? 誰かが勝手に喋っている。自分の体が言うことを聞かない。
(あの雑魚に怒りを感じたのだろう? バカな犬だ、最愛の者を何度も失ってきたお前の心に一番言ってはいけないことを……)
「「「それがどうした?!! なんだ?? 怒ったのか邪神殺し!!」」」
やめろ! 余計なことを言うな! コイツは俺じゃない、死ぬぞ!!!
「ククク……、やはり死にたいらしいな……。まさか自殺願望者だったとは、なら望みを叶えてやろう」
くそっ! どうなってる!? 誰なんだよ、俺の体を勝手に操っているのは。更に黒い魔力が竜巻の様に吹き荒れていく。
「「「な、なんだ……、コイツのこの異常なドス黒い魔力は?! しかも赤だった髪の色まで真っ黒に……。どうなってやがる?!!!」」」
なっ、今の俺はそんな風に見えているのか? くそっ、マジでどうなってるんだ! お前は誰なんだよ?!
(お前がこれまで数千年に渡って積み重ねてきた、世界へ対する憎悪とでも言っておいてやろう)
なんだと、ふざけるなよ……! 俺にはもはやそんなものはない、それに今の俺には関係ないことだ! 俺の体を返しやがれ!
(今のお前は覚えていなくとも、俺はもう長い年月をお前と共に過ごして来たのだ。これまで繰り返してきた輪廻の数、その数え切れない人生の間ずっとな)
それは過去の俺だ! 過程はどうあれ今の俺には関係ないだろう。さあ、さっさと俺の体から出て行けよ。さっきからずっと変な感じがしてたのはお前のせいだったんだな。
(心配するな、こういう奴らが許せないんだろう? 甘いお前の代わりに、殺さないよう痛めつけておいてやる。お前に本当の力の使い方というものを教えてやろう)
やめろ! 話を聞け! もう勝負なんてついてるんだよ!!
「さっき流星とか言ったな……? 本当の流星がどんなものか、そしてその星々が砕け散る様を見るがいい。お前の目に見えればの話だがな!」
「「「なにぃ!! クソがあ、調子に乗るなああ!!!」」」
くそっ、挑発するんじゃねえ!! 逃げろ! 死ぬぞ!!
「アストラリア流格闘スキル」
やめろ――――!!!
「
カッ!!!
「「「ぶげああああ!!!」」」
やめろ!! 死ぬぞ!!!
(心配するな、同時に回復させてやっている。死ぬことはない。廃人にはなるかも知れんがな)
くそっ! 俺の体で勝手なことをするな! 何なんだよ、お前は!!!
(まだ気付かないのか……。俺はお前自身だ。邪神を葬る際に封印と共に解放された俺は奴の神格を取り込んで自我に目覚めた。さっきは奴の台詞を真似てやっただけだ)
お前が俺だと?! じゃあなんで俺の邪魔をするんだよ!
(お前が名とともに俺を切り捨てたのだろう? 世界へ対する憎悪を共に抱いてきたというのに……)
それは神の手違いで起きただけだろ! もうその歪んだ因果は終わったんだよ! それにここが本来俺達がいるべき場所だ。最早そんな気持ちを持つ必要なんてないだろ?!
(自我を持った俺にとって、どの世界も同じ世界に変わりない。それにこの世界こそが全ての憎悪の始まりの世界なのだ。その狂った因果に送り込んでくれた神々への復讐も果たさなければな!)
くそっ! ふざけるな、俺はそんなこと望んでいない! 俺の体を返せよ!!
(欲しければ奪ってみせろ。転生したとはいえ、今世の思いしかない甘ったれたお前と、数千年を過去のお前の苦しみと共に過ごしてきたこの俺。果たしてどれほどの思いの重さが、違いが、強さがあるのか、比べるまでもなかろう)
つっ……、確かにその通りだ。簡単に言い返せない。言葉の重みが違う……。こいつが本当に俺の知らない数千年分の未練やら悲しみ、あの世界を憎む気持ちが積み重なってできた存在なのであれば、今の記憶しかない俺には想像も出来ないほどの憎悪の塊だ……。俺は前世の記憶が戻っただけで狂いそうになったんだ。それをあの口振りから、恐らくは5000年ほど前の大虐殺のときからの記憶、考えただけでも気が遠くなる。それに、過去とはいえこいつを生み出したのが俺自身なら、前世で俺が抱いて来たあの世界に対する負の感情もあいつの中にはあるってことだ……。……いや、そんなことを考えている場合じゃない! こいつが俺なら俺が止めないでどうする!!! それに、もうそれは終わったことだ! 今更お前が憎悪をぶつける必要なんてない!!
(そんな都合良く消されてなるものか! ならば俺よりも更に強い思いを見せてみるがいい!)
いいだろう、俺は大切な人とやっと結ばれたんだ。その世界を、仲間を、新しくできた家族を、俺の過去の都合で勝手に壊させてたまるかよ!!! 目覚めろ、輝け! 俺の神格よ!!!
「ぐっ……、うおおおおおおおおおおお――――!!!!!」
パア――ン!!!!
(な、なにぃ!? 体の主導権が! そうか、お前は俺。因果が正しく巡るようになった今、お前の魂は以前とは比較にならぬほど強く輝いているということか……。だが忘れるな、お前の持つ負の感情は俺だということをな。フハハハハ……!)
「やめろ!!! カーズ!!!」
「カーズ!! もう終わってるわ!!」
「やめて!!
体の主導権が戻ったのか? 三人に自分の体をきつく抱き止められていることに気付く。更にジャイの首を掴んで空中に吊るし上げている自分に気付き、咄嗟に手を放す。
「はっ! は、はあ、はあ……、くそっ、何だったんだ今のは……」
酷い汗だ。病んでいたとき、悪夢に魘されたときによく似ている。頭がクラクラして気持ち悪い。吐きそうだ。
「勝者、カーズ・ロットカラー!! Aランク昇格決定!!」
大歓声が巻き起こるが、素直に喜べない。悪党とはいえ、ここまでやる必要なんてなかったというのに。ザコジャイに回復をかけるが、ダメだ。外傷は癒えたが、あの光速の攻撃を喰らい続けたんだ、もうショックで精神が死んで廃人のような状態になっている……。
「くそっ、なんて後味が悪い……」
「おい、大丈夫なのか!? 真っ青だぞ!」
「あんなに冷静さを失っているなんて、初めて見たわよ!」
「ナ、カーズ、何があったの? 髪の毛も真っ黒になってたよ、雰囲気もまるで別人みたいに……。怖かったんだから!」
俺を後ろからはエリユズが羽交い絞めにするように、前からはアヤが体で抱き締めるように抑えつけて止めてくれている。もし主導権を奪い返せなかったら…、みんなを傷つけていたかもしれない。
「すまん、助かった……。三人とも怪我とかしてないよな?」
みんな頷いてくれた。良かった、間一髪とはいえそんなことになってたら自分を許せなくなるところだった……。だがマズい、意識を保てなくなってきた……。
「俺にもよくわからない。だけど、自分の負の感情が心の中で話しかけてきて……。悪い、アリアに念話を……」
急激に力が抜けていく。同時に凄まじい睡魔に襲われ、三人が大声で呼び掛けている声が聞こえる中で俺は意識を失った。
・
・
・
「カーズ、起きて下さい。カーズ」
ん、アリアの声が聞こえる。目を開けるとどうやら寝泊まりしている城の部屋のようだ。意識を失っている間にここに運ばれたのか。左手にそのアリアをはじめアヤにエリユズ、右側にはレイラにアランと国王まで、どうやら新しい家族にまで迷惑を掛けたみたいだな。クレアは騎士団か、オロスも政治の仕事だろうな。
「ああ、大丈夫だ。急に力が抜けて、少し眠っていたみたいだな」
体は力が抜けたようだったが変化していない。今はそんなに違和感もない。少し疲れを感じる程度だ。
「話は聞きました。そしてあなたの変化は騎士団の修練場から見えていましたし、記憶の履歴を読みましたから。そちらへ急いで向かう途中で通信も飛んできましたからね」
なるほど、さすが
「ああ、俺の負の感情とかいう奴が心の中で話しかけてきた。体の主導権を取り戻せたとはいえ、まだ俺の中にはあいつがいる、あれはかなりヤバい、油断はできない」
天界の禁足事項に触れる訳にはいかない、巻き込むのもマズイ。だから口に出せる言葉が限られる。
「喋らなくても大丈夫です。こんなことは予想外ですが、危険なことに変わりはありません。緊急措置です。これからカーズ、あなたを神域に連れて行きます」
今の状態ではマズいんだろう。ここでは詳しいことも話せないし、普通の人間を巻き込むこともできない。神格を持っているのはアヤだけだ。またアレがいつ暴走するかもわからないしな。
「わかった、任せるよ」
「ちょっと待って。何が起きてるのかさっぱりわからないのよ、私達にも説明して! アリアさん」
「ああ、普通じゃないのは俺にもわかる。多分俺達には話せないことなんだってことも。二人が普通の人間じゃないってのはなんとなく気が付いてたしな。それにアヤもさっきカーズを別の名前で呼んでいた。今更水くせえだろ、俺達は仲間じゃねえの
か? 教えてくれよ」
そうか……。いつかこうなるのは何となくわかってはいたが……。それにこの2人なりに踏み込まないように気を遣ってくれていたのもわかる。だが……、俺が勝手に口にしていいことではない。
「……すまん。俺の一存では決められない……」
「テメエ、カーズ!!」
胸ぐらを掴んでくるエリック、まあそりゃ怒るよな。だが話すということはもっと危険なことに巻き込むことになりかねない。大人しく殴られるか。
「やめなさいエリック、それにユズリハも。生死を共にしたあなた達の気持ちはわかります。どうしても聞きたいというのなら、あなた達全員の魂に制約を掛けなければいけません。他言した瞬間にその制約が即刻魂を縛り、命を落とす。その覚悟があるのなら話しましょう。特に国王、あなたは一番危険ですよ。それでもいいのなら残りなさい」
アリアの威厳のある雰囲気の口調で、エリックは仕方ないというように手を放す。国王か、まあこのオッサンはたぬきなとこあるもんな。それに謁見でアリアに魂の天秤でボコられてるし、苦手意識もあるだろう。他のみんなはもう覚悟を決めたように真剣な顔をしている。
「うぐ、だが私もカーズの力になりたいのだ。あの謁見のような醜態は二度と晒しはせん!」
「私も義理とはいえ、カーズの姉。あなたにも当然恩がある。決して口外はしません」
「俺もだ。そんなに人間できちゃあいないが、義兄としてカーズのことは気に入ってるんだ」
王族とはいえこのアラン兄とレイラ姉は信用できる、それは少ない時間でも言葉を交わした俺にはわかる。
「ふむ、天秤は動いてない。ならばいいでしょう。ではここにいる神格を持たない全員、魂を縛らせてもらいます、
一瞬アリアの手が光っただけだが、今のでもう発動したのか?
「……別段、何も変わってはいないけど。今ので制約はできたの、アリアさん?」
「ええ、魂に干渉することは普通の人族にはできません。それに肉体にも影響はありません。さてもう一度問います。聞く覚悟はありますか?」
誰もが黙って頷く。ここまで来て退くような奴はいないよな。
「ではお話ししましょう、まず私は正義と公平を司る女神アストラリア。あなた方がこのニルヴァーナで唯一神と呼んでいる女神、本人です」
「「「「「なっ!!!??」」」」」
驚き、石のようになる俺達以外の5人。だがアリアは気にせず淡々とこの世界、ニルヴァーナの成り立ち、そこに関わってしまった俺とアヤの因果のこと、そして他の世界での5000年に渡る歪んだ因果が産み出した俺の中にいる憎悪の存在、全て嘘偽りなく。仏教とかの他の世界の考え方などは省いていたが。
「……ということで、これからカーズの中にいる存在を、天界でどうにかして処置しなければならないというのがわかりましたか?」
静まり返る部屋。当然だろう、普通ならそんなの与太話にしか聞こえない。簡単に理解や受け入れるなんて難しいはずだ。しかも目の前にはこれまでふざけた様な態度でいた女神様だしな。俺は当事者だが、彼らの立場に置き換えると、今まで普通に暮らしてきていたのに急にそんなこと聞かされても、何がなんやらだと思う。
ギュー!!
「痛ってえ!! なにしやがる、ユズリハ!!」
「嘘じゃないみたいね。でも色々と合点がいったわ。アリアさんが女神だったなら、あの異常なまでの強さに、浮世離れしてるのも。それにカーズが別の世界から戻って来たばかりなら、世間知らずなのも当然よね」
人の頬をつねって確認するなよ……。うんうんと納得するユズリハ。
「まあ今更だな。カーズがあの凄まじい剣技を余裕で使えるのも、俺らには思いつかないような発想も、もう色々と納得だ」
まあこいつも実際にボコられたりして目にしてきたわけだしな、エリックもつねられた頬を撫でながらうんうんと納得している。
「そんなことが……、アヤが運命やらを口にしていたことも頷ける」
「そうだな、なるほど……、永い時とかそういうことだったってことか……」
レイラにアランもなるほどという感じだ。さすが王族だけあって肝が据わっている。
「私は……、今まで知らなかったとはいえ、何という無礼を……。申し訳ありません、アストラリア様! そしてアヤにカーズ、お前達の運命とはなんと残酷なのだ…。私はそれを知らずに何ということを……」
このオッサンは土下座だよ……。一国の王が一番気が弱いじゃねえか。
「いや、その呼び方はここでは止めてくれ義父さん。本人が嫌がるし目立つから。今迄通りアリアで呼んでくれ。そして、みんな巻き込むようなことになってすまない」
「そうですね、あなたにはもう一つ制約を掛けてもいいですねー」
あ、ドSスイッチ入ったな。もうやめてやれよ。
「ひぃっ! いえ、それならアリア様、いいえ、アリア殿とお呼びすればよいのだな、カーズよ?」
「うん、本名じゃないならいい。ていうかビビり過ぎ。落ち着け、それに俺に振るなよな」
「まあ、私も記憶が戻ったのはカーズに会ってからだし。ここでは今迄通りみんなが家族だから。お父様、みっともないから顔を上げて」
アヤに言われて、両側から兄姉に引っ張り起こされる残念王。聞かせて良かったのかなあ。
「これからは国を挙げて協力させてもらう! 何でも頼ってくだされ、アリア殿、そしてカーズよ」
「あー、うん、暴走しなければいいよ」
「ではクラーチ神王国と名を変えるとしよう! 女神様が降臨されたのだ、そして今日はカーズ達が昇格しためでたい日でもある。国民の祝日にしなければ……」
「「だから、そういうのやめろって」」
子供二人に頭を叩かれる国王。ダメだこのオッサン。現実が受け入れ切れなくて、キャパオーバーというか気がおかしくなってるな。
「ということで今からカーズを天界に連れて行きます。いいですねー」
「アリアさん、俺達も連れて行ってくれ!」
「そうよ、私達は仲間じゃない! アリアさんが神様だってそれは変わらない、それにウチの大将のピンチなんでしょ!?」
まあ言うとは思ってた……。そして大将はやめてくれ。
「私も行きたい……。離れるのはもう嫌だよ……」
涙ながらに訴えるアヤ。でも絶対危険だよな。
「アヤちゃんはまだ神格に目覚めたばかり、何が起こるかもわからないので危険過ぎます。それにPTの二人、あなた達は神格はなくとも、最早地上では貴重な一騎当千の超戦力です、
神様命令じゃないのかよ、まあこの2人にはそう言った方が効くだろう。
「「はい、師匠!」」
神より師匠のが怖いのか…。まるで騎士のようにその場に膝を着く2人。
「天界はこことは時間の概念が異なります。
「はい、心得ております!」
もうまるで自分の騎士団扱いだな……。
「では行きますよ、カーズ。転移で一瞬ですから」
「あ、ああ。アヤ、大丈夫すぐに戻るから。エリユズも頼むな、それとありがとう」
ベッドから起きてブーツを履き、武器の装備も整える。エリユズはそんなこと気にするなと言ってくれた。
「俺の弟ならガツンとやってこいよ、カーズ!」
「ああ、ありがとうアラン兄、それにレイラ姉も」
「カーズよ、気を付けるのだぞ……。アリア殿、我が息子をよろしく頼みます」
「義父さん、変な暴走するなよ。アリアに消されるぞ」
「カーズは私の神格を受けた弟も同然。あなたに言われるまでもなく必ず守ります。では!」
俺達二人の気配がその場から一瞬にして消え、沈黙だけが残される。
「無事に帰ってきて、二人共……」
アヤは窓へと向かい、雲行きが怪しくなってきた空を見上げ、祈るのだった。
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舞台は天界へ、何が待つのか?
続きが気になる方はどうぞ次の物語へ、♥やコメント、お星様を頂けると喜びます。執筆のモチベーションアップにもつながります!
一話ごとの文字数が多いので、その回一話でがっつり進むように構成しております。
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