第二章 王国奪還・記憶の煌き

第二章 21  黒く蠢く悪意



「オロス、アーヤ王女の暗殺に失敗しただと! 一体どういうことだ!?」


 激高した表情で怒鳴りつけるまだ20代後半の男。国の政務を一手に任され、若くして宰相の位まで上り詰めた天才と言われるヨーゴレ・キアラ。しかし若くしてその才能を発揮するも、それ以上の権力、王族にはなれないことが野心家の彼には我慢ならなかった。


「ククク……、どうやら中立都市の方で邪魔が入ったようで。更に帰還中も中々やり手の冒険者共が護衛に就いているようですな。いやはや、ゴロツキ共には荷が重かったようですなあ」


 オロスと呼ばれた男はさも愉快であるかのように笑う。その動きはどう見ても人間の動作にしては薄気味悪い。もちろん魔人が入れ代わったものだ。本物は既にカーズ達に保護されている。


「おのれ、腐った王族共が……。運がいいことだな」


 どれだけのことを成し得ようとも、世襲制である王家を差し置いて自らが王になるなど不可能なことだ。ただの穀潰し、王族に生まれたということで何もかもが約束されている。何の苦労もせずに王位を継ぎ、そんな奴らに頭を下げ続けなければいけない。次の王に相応しいのは自分のような人間であるという過剰に狂った自意識。そんな彼が魔人に付け込まれるのはある意味当然の末路だったのだろう。


「クククッ、どの道あの小娘もここに帰ってきます。恐らく証拠の類を持ってね。如何にして切り抜けるおつもりですかな。監視につけていた私の部下も捕らえられたようで、いやいや、中々の手練れですなあ。お見事お見事」


 オロスを名乗るその男はこの混乱を楽しむようにヨーゴレを煽る。


「お前の案に乗ってやったというのに……、このままでは王女が帰還したら全て終わりだ。何か案はないのか?」

「ではまた騎士団を使いますかな? ここのところの不況もあって国民の王家への不満は高まっておりますしなあ。まあその状況を作ったのは貴方ですがね、ククク」

「騎士団をどうするつもりだ? 下級騎士を無理矢理護衛に任命させたことで内部で分裂も起きているのだぞ」

「ククク、ではその不満分子共、あの女副団長には軍を率いて遠征に出てもらうことにしましょう。魔王領の調査という名目でね。国王の命もあと僅か、騎士団が分裂すれば大魔強襲スタンピードの守りは手薄になる。その混乱に乗じて国民の不満を逸らすために全ての責任を王家に負わせ、抹殺すれば良いではないですかな? 宰相殿。そうすればあとは騎士団長達にその抹殺任務を出せば済む、ククク……。そして貴方は国を悪の王家から解放した英雄、次期国王にもなれましょうぞ」

「それは使えるかもしれんが、大魔強襲スタンピードで国が滅んでは何にもならん。それはわかっているのか?」

「寧ろ一度滅んでしまう方が都合が良いのでは? それを建て直してこその新国王でありましょう」

「……ならばその案は採用だ、残る団長カマーセともう一人の副団長コモノ―に王族抹殺は任せる。だがその前にアーヤ王女の帰還の件だ。王城に入れた時点で不利なのだぞ」


 焦りを滲ませるヨーゴレ、しかしその顔には最早生気は感じられない。常に魔人の瘴気を側で浴び続けているのだ。まだ人間の形を保っていられるのは己の執念の力である。


「ならばその冒険者共を王女暗殺未遂の濡れ衣を着せ、王城前で先に捕らえてしまいますかな? そうすればあとは小娘がいかに騒ごうが問題にはなりますまい」

「……仕方ない。当初の予定とは筋書きが変わってしまったが、アーヤ王女を暗殺し、それを中立都市の責任として混乱と対立を起こす。その混乱に乗じて王族を暗殺、そして最年少のニコラス王子を傀儡王にするといった計画だ」

「ククク……、でもそれでは貴方が王という地位には上がれないでしょう。寧ろこれの方がが良かったのではないのですかなあ?」


 ニヤニヤと顔を歪めて笑う魔人。そうこれだ、人族共の悪意を増長し、国を内部から腐らせる。ただ武力で潰すのでは面白くない。同族での殺し合い、そこから巻き起こる負の感情。これほど美味なものはない。

 そしてその感情を集め、魔王復活の贄とする。どう転ぼうが愉悦に違いない。所詮は冒険者数人、国家権力でどうとでもなる。国の内部に侵入し、権力者を操って混乱を巻き起こす、これが堪らなく愉しいのだ。


「フッ、そうだな…。王もお前が手配した医者の手筈で毒を食らっている、あと余命幾許もない。王が死ねば混乱は免れん。次期国王は第一子のレオンハルトだろうが、戴冠するまでの時間を稼ぐうちに大魔強襲スタンピードが起こる。あの死にぞこないの王には何もできまいよ、ハーハッハ!」

「お気持ちは決まりましたかな? では騎士団に手を回しておきましょう。反抗分子には国を出て貰いましょうぞ。魔王領には魔王がおらずとも危険な奴らが大勢おる。ただでは済まぬでしょうからな」

「では任せる。アーヤ王女が帰還したと同時に冒険者共は拘束。あとはお前の闇魔法でどうとでもできよう」

「ククク、わかっていらっしゃる。ではそのように手筈は整えておきましょう。ククク……」


 不気味な笑い声が響く宰相の部屋で、醜い悪意が蠢き始めていた……。





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「何ですって!? こんな時期に魔王領の調査?! どうなってるのよ、説明しなさい!!」


 騎士団の副団長を務める一人、クレア・アーデス。女性でありながら卓越した剣技とその清廉さ、美しさも併せ持つ。彼女の台頭により、女性の騎士志願者が増加したほどの支持や信頼を国民や部下からも得ている。

 その彼女が怒りに任せ詰め寄っているのはもう一人の副団長コモノー・スーギルだ。見習いから着々と任務をこなし続け副団長まで上り詰めた、クレアとは正反対のような男だ。


「どうと言われてもな……、王家や宰相殿からの直々の依頼任務なのだよ。騎士団の手練れの軍勢を連れて調査をして欲しいということだ。魔王が復活するという噂があってな、真偽のほどを調査して欲しいとのことだよ」


 淡々とした口調で任務を伝えるコモノー。それがクレアを更にイラつかせる。大魔強襲スタンピードが起こるのも近いと言われる中、大軍を連れてわざわざそんな場所に遠征をする意味が分からない。そうなれば王国を守る戦力は半減だ。

 国が滅ぼされるかもしれないという、この切羽詰まった時期にたかだか噂如きの真偽を調査など冗談ではない。しかも軍国カーディスと海を挟んで南に位置する魔王領は超危険地帯、無事で帰れる保証もない。この時期に戦力を減らす理由が見つからないのだ。


「ふざけないで! なぜ今なのよ!? 大魔強襲スタンピードに備えることが最重要事項よ!」


 激高するクレア。だが面倒くさそうに対応するコモノー。


「では王家に反旗を翻すということになりかねませんな。騎士の王家への忠誠は絶対のもの、それを貴女は否定すると? これは問題になりますな」


「くっ……。王家に対してそんな振る舞いをする気はない。だけどこの任務は大魔強襲スタンピードの後でも問題ないでしょう?! なぜ今なのかが私には理解できないと言っているの!」


 相手が年上の男であっても、同じ副団長。だがなぜこんな風に覇気のない者がその地位に就いているのか甚だ疑問だ。納得がいかない、だが任務を無視することはクレアの騎士としての振る舞いに対し、他の騎士達に混乱を招くことになりかねない。


「私は王家直々の任務を貴女に一任するということを伝えたに過ぎんよ。私に疑問を言われても困るとしか言えないのだよ」


 この男の事務的な態度にも腹が立つ、つい最近も理解できない任務があった、王族、アーヤ王女の護衛任務に新米騎士二人が任命されたということだ。まるで襲ってくれと言わんばかりの任命。一体何が起こっているというのか。


「わかったわ……、任務はこなす。でもなるべく早く帰還させて貰います。帰ってきたら国が滅びてるなんて、冗談じゃないから」

「では明日、明朝に手勢500人を連れて出発してもらうよ。異議は認めん。これは王家からの重要任務であるということを肝に銘じてもらいたい」

「そんなに早く!? 今から準備を整えても間に合うかどうかよ!? ……まあいいわ、さっさと終わらせて来る」

「うむ、気をつけてな」

「ふん!」


 能面のような無表情な男に一瞥をくれると、クレアは騎士団の詰め所、その幹部室を後にした。


「一体何がどうなっているの? 続けて不可解な任務。まるで王国を手薄にしろって言われてる気分だわ……」


 クレアは不信感を募らせながらも遠征の準備に取り掛からざるを得なかった。




「ふぅ、反抗的な小娘だ」

「まあそう言ってやるな、コモノー。忠誠心が厚いってのは騎士に向いてるってことだしな」


 後ろから大柄な男が姿を現す。騎士団長のカマーセ・ヌーイだ。


「しかし宰相の奴も思い切ったことを考えるもんだ」

「団長……、このままあの男に協力しても大丈夫なのでしょうか?」

「さあな、どの道俺らにはあの男の部下から呪いがかけられてる。従うしかねえさ、これまで散々こき使ってくれた王家に復讐するいい機会だしな」

「まあそれは私も同意しますね」

「まずはアーヤ王女の帰還の際に同行している冒険者共を捕縛だ。暗殺未遂でな、街中で派手にやれ。殺しても構わん。やべえ奴がいるなら俺が出張るしよ」

「団長が手を下すまでもないでしょう。数で一気に制圧しますよ」

「そうだな、それに中立都市の冒険者はAランクが一人いるかどうかって噂だ。どうやらそいつらは昇格試験を受けにも来るそうだが、ギルドのことなんざどうでもいい。さっさと片づけたら王城で殺戮ショーだ。俺らも酒池肉林の生活が待ってるんだぜ。前座はさっさと終わらせて王宮に突入だ」

「承知しました。恐らくクレアとは行き違いになってくれるでしょうしね」

「そういうことだ、あの嬢ちゃんは魔王領でお陀仏だ。邪魔は入らんさ。ハッハッハ!」


 騎士とは思えない悪意と欲望の籠った二人の男の笑い声がもはや誰もいなくなった詰め所に響いた。




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一話ごとの文字数が多いので、その回一話でがっつり進むように構成しております。

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