第7話 物理攻撃

セイレルンダに連れられた屋敷はとても広く、立派だった。

実家の伯爵家が霞むほどの豪邸である。

重厚感があるのに、古臭くはなく、荘厳ささえ感じさせる。


その玄関ポーチに向かったセイレルンダは、すでに控えていた初老の家令に声をかけた。


「馬はいつものところに。すぐに彼女の手当てをしたいんだけど、部屋はある?」

「ではこちらに。主治医を呼びますか」

「そこまでではないと思うけど、あいつがなんて言うか……」


言い淀んだセイレルンダに、家令はやや目を瞠って、それからただちに呼びますと答えた。

それに笑って了解と答えたセイレルンダは、家令が案内した部屋のソファにメレアネを座らせた。


「あの、ここは……」

「カウゼンの屋敷だ。聞いたことないかな、ディストリー侯爵家ってさ」


カウゼンの家ということは、彼は友人の家だというのに我が物顔で乗り込んできたのだろうか。そのまま他人の家の家令に頼んだと言うこと?

セイレルンダの厚顔さに、社交などしたこともないメレアネでも目を丸くした。


非常識という言葉が頭をよぎるが、すぐに侯爵家という言葉をつぶやいて停止する。

貴族の名前など一つも学んだことがない。

たいていの貴族は家の名前を重んじることくらいは知っている。なぜなら、父がそうだからだ。知らないなんて絶対に言えない空気を感じた。


メレアネの婚約者も同じく侯爵家の者だったが、それは父から説明を受けたからであって他の家のことがわからない。社交のできない娘だったが、セメットは気にした様子はなかった。父も兄も元婚約者も学がないことに腹をたてられたことは一度もない。だから、自分から学ぼうとはしてこなかった。


けれどメレアネの反応を見て、セイレルンダは面白そうに笑うだけだった。


「名乗ったときに反応がなかったから、そうかなとは思ったんだけど。カウゼンはあれでも当主なんだ。黒侯爵って聞いたことない?」

「それは、どこかで……?」


幼い頃に出入りしていた祖母の家で、聞いたことがあるような気がした。しかしその頃はさすがにまだカウゼンが当主ではないだろうから、別の人のことだろうか。


そもそも、あの頃の記憶はあいまいだ。

幸せだったのだろうという気持ちとすぐに胸が潰されそうなほどの悲しい気持ちが沸き上がってきて、記憶をおぼろげにしてしまう。


「この国じゃあ有名な話だと思ってたけど。二十歳までしか生きられない呪われた侯爵家嫡男ってさ」

「二十歳まで?」


セメットも二十歳だったが、カウゼンはそれよりずっと年上に見えた。

まさか二十歳だったのかと驚けば、察したセイレルンダが訂正してくれた。


「カウゼンは二十六だよ。だから、あいつは奇跡だって言われてるんだ。確かに何度も死ぬような目にあっているけれど、無事に生還しているしね。まあ、だから今も生きてるでしょ」


カウゼンの屈強な体躯を思い浮かべれば、確かに呪いごときでやすやすと殺されるようには思えない。


「呪いは、結局物理攻撃ですからね。防ぎようはあります」

「うん? それはあいつが昔言っていた言葉と同じだね」

「毒でも事故でも病気でも。呪いっていうのは、つまるところ死因は物理攻撃ですよ」

「病気は物理攻撃なの?」

「ウィルスとか生活習慣とかで血管や細胞が攻撃を受けるんです。立派な物理攻撃になります」

「君はなんだか知識が偏っているんだね。自国の貴族名は知らないのに、病気のメカニズムについては説明できるんだ?」

「いえ、すみません。出すぎました」


不思議そうに尋ねられて、メレアネははっとして謝罪を口にした。

すみませんは魔法の言葉だ。

それさえ言っておけば、それ以上追及されることもない。


「カウゼンも君との出会いを白状しないしなあ。君たちは案外似た者同士なんだね。秘密主義の頑固者だ」

「ええと、初めてお会いしたかと思うのですが……?」

「いいや、絶対昨日が初めましてじゃないね。あいつの態度が物語ってる」


断言したセイレルンダに強く否定する気にもならなくて、メレアネは曖昧に微笑んだ。


「それもすみません。ところで、ここに連れてこられたのはなぜでしょうか」


メレアネは話題を変えることにした。

だが、セイレルンダが力説した内容にドンびく。


「黒侯爵なんていつ死ぬかわからないあいつには、これまで婚約者はおろか恋人すらいなかったんだ。もちろん周りは二十歳までしか生きられない呪われた彼の後継ぎを望んでいくつもお膳立てしたにもかかわらずだよ。つまり、あいつは女に興味がないんだ。そんなあいつが、ただ寝ていただけとはいえ一晩一緒に過ごした女の子だよ? しかも家族からも縁を切られて余計なしがらみなどひとつもないときた」


淀みなく口を動かしたセイレルンダは、自信満々で胸を張った。


「これぞ、神の啓示だよ。ちょうどいいから君にはあいつの嫁になってもらおうと思ってさ」


もちろん無理ですとメレアネは即答したのだった。

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