第4話 尊き血筋(セイレルンダ視点)
寝台の上で無防備に眠る少女に、セイレルンダは冷めた視線を向けた。
先ほどまで、こんな顔色の悪い少女に警戒していた自分が愚かにも思える。
そもそも一国の騎士団長といえども、見知らぬ男の寝台の上で年頃の少女が危機感も抱かずに眠れるものなのか。呆れとも豪胆ともいえる姿だけれど、隣に立つ男は違ったようで、少女の頬に手を伸ばして涙を拭ってやっている。
配慮するところはそこなのか、と驚く。
「お前、そんな人並なことができたんだな」
思わず感心しながら声をかければ、幼馴染みは無視を決め込んだ。
無口ではないけれど、無駄口を叩くことを嫌い、表情はどこまでいっても無である友人は、とことん不遇な人生を送っている。だというのに、それをまったく感じさせないのだから、セイレルンダがいつも心配してしまうというのに。
生まれた時から呪いのせいで命を狙われ続けるのがカウゼンの宿命だ。いや、ディストリー侯爵家の嫡男の宿命と言える。なぜかディストリー侯爵家の嫡男は短命なのだ。それは病気や事故に限らず死因は様々ではあるものの、二十歳までには確実に亡くなっている。そのため、ディストリー家は常に黒を纏う。喪に服していると言われているが、おかげで黒侯爵なんて異名まであるほどだ。
そんなディストリー侯爵家の嫡男として生まれたカウゼンは、今年二十六歳だ。
呪いをものともせず生存している奇跡のような存在ではあるけれど、昔から数多の死線をかいくぐってきた男であるだけに、彼が浮かれている姿など一度も見たことがない。
騎士団長という立場ゆえに、対外的には愛想はいいけれど、身内の前では表情を作ったことはない。だというのに、初対面の令嬢に対してのとことんの無表情。そして、今も涙をぬぐうような気遣いを見せた。
他人に興味がないどころか、存在すら認識していないくせに。
セイレルンダは天変地異の前触れかと、内心でおぞけった。
どう考えてもよく知る友人の態度ではない。
「お前、明日死ぬんじゃない? それとも、もう死んでいて別人の魂が乗り移ったとか」
「阿呆なことを言っていないで、調べてきたんだろう」
無駄口を嫌う男は無駄話も嫌う。
報告がてらセイレルンダがやってきたことを見抜いているのだろう。実際に燃えた馬車の後始末をしがてら、いろいろと検分してきた。おかげですぐにここにやってこれなかったのだけれど、短くはない間に旧友の中身が変わっていた。もう本当に腰を抜かしてもいいほどに。誰も介抱してくれないからやらないけれど。
遊び心のないせっかちな友人の態度はいつもと同じだけれど、視線が少女から外れない。
そんな熱心に見つめたら、彼女の綺麗な体に穴があくんじゃないという軽口はなんとか飲み込んだ。
「可愛いお嬢さんだけどさ。テセンズ伯爵家なんて、家柄だけの小者だろうに。お前が気に掛けるほどのこと?」
「セイ」
テセンズ伯爵など、どっかの大臣補佐だったと思うが、とにかくぱっとしない腰巾着だ。後継者にいたっては存在すら記憶していない。つまり取るに足らない存在だろう。
軽口は飲み込んだのに、友人はお気に召さなかったらしい。
カウゼンが短くセイレルンダの愛称を呼ぶときは止めるときだけだ。
余計な口をきくなという忠告でもある。
「はいはい、効率的に、だろ。わかってるけどさ、あの馬車だけしか証拠がないんだ、しかも獣寄せの油まみれだぞ。すぐに燃やしちゃったんだから、わかることのほうが少ないって」
「セイ」
「だからあ、彼女が縛られているような痕跡はなかったし、馬車の中は一人だけしかいないようだった。荷物もなし。顔見知りに呼び出されて殺されかけたってところだろうけど、それ以外は知らないよ。テセンズ伯爵家の娘は社交界にすら出てこないし、病気がちだって噂だ。彼女が本物ならまあ病気とは言わないけれど、健康そうには見えないか。確かバウガンディ侯爵家に血筋で売られたらしいけど眉唾ものだってこけにされたって近年、両家の仲が悪くなってる原因の娘だって聞いたことはある。そっちで恨まれて殺されかけたにしては、ちょっと時期がよくわからないな。婚約したのは随分前だしね。ああ、でも遺体の確認って言ってたか。まさか、侯爵家の嫡男が亡くなったのか?」
セイレルンダはハベロン国の五大侯爵家の調停役となる家の次男だ。そのため各家の動向はおのずと耳に入ってくる。
バウガンディ侯爵家が神娘の力を利用して娘を婚約者に据えたと聞いたのは随分前のことだった。結局その娘は碌な力を持たない凡人であると評価されたが、抜け駆けしたバウガンディ侯爵家は結局娘を突き返したりはしなかった。テセンズ伯爵ごときの小者に丸め込まれたと認めるのが悔しかったのだろうとは想像できるが。
「そんな睨んだところで、こんな辺鄙な場所にいるんだから情報が入ってこないのは仕方ないだろ。それに本物が簡単に手に入るはずもないってバウガンディ侯爵家だってよくわかってるはずだ。いまさらまがい物をどうこうしたところで覆らない。今代の神娘は王家に匿われているってことはカウゼンも知ってるだろう?」
セイレルンダの記憶によれば、カウゼンは昔、『白の館』に行った。
彼の母親を巻き込んでなんとか面会予約をとって、渋る友人を馬車に押し込んで当日玄関先に放り込んだのはなかなか骨を折る仕事だった。今でもあれほどの苦労はなかったと断言できる。あの後に玄関前で逃げ出していなければ、『白の館』に行っているはずだ。
その際に、『白の館』にいた神娘と会っている可能性が高い。あの場所は次代を育てる教育の場所でもあったのだから。
そこで出会っていなくても、先日華々しくデビュッタントを迎えた華やかな少女の警備についたのはカウゼンだ。
神娘にまとわりつかれていた友人はなんでもないように笑顔を張り付けて、パートナーとして迎えにやってきた王太子に押し付けていた。
「なんだよ、だんまり? まあ、神娘のことはいいさ。彼女はつまり神娘の従姉妹だ。やんごとなき尊き血筋ではあるけれど、力はない。そして神娘と同じ年でありながらデビュッタントすらせずに隠されている。そんなお嬢さんと、騎士団と家を往復するしか能のないカウゼンが、一体全体どこで出会うっていうのさ?」
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