指定場所外
Fool
第1話
この世は理不尽である。
犯罪とはいかないまでも自己中心的な考えを持ち
他者に迷惑という不利益を押し付ける輩が存在する。
身勝手な輩の言動には
思慮が無く己の行動の矛盾に気付けない。
いや、そもそも気付ける能力が欠如しているのだろうか。
・・・・おやっ?
何やら騒々しい声が・・・
どうやら脳ミソが足らない脳足りんが現れたようですね。
では、また後程。
Case【指定場所外】
「はぁ?何だって?もういっぺん言えや!」
どんよりとした曇空の下で品の無い怒声を上げているのは作業着姿の細身の中年男だ。
左手を作業ズボンのポケットに
突っ込み目の前の小柄な女性を睨みつけながら
「聞こえてんのかよ!あぁ!?」
とシャクりあげている。
威嚇者を前に
身体を小刻みに震わせ
「ゴホッ・・真後ろでタバコは止めて下さいと言ってます。私は、喘息持ちなんです・・ゴホッゴホッ」
咳き込みながらも
しっかりと男の目を見て言い切った。
「はぁ?テメェの事情なんか知るかよ!
命令してくんじゃねぇわ!
タバコが不味くなるだろうが!」
タバコに上手いも不味いもあるのだろうか。
女性「ここは、喫煙場所じゃないですよね・・ゴホッ
決められた喫煙場所で吸ってほしいだけです・・・」
この二人が居る場所は、とあるスーパーの駐車場内に設置されている個室型のATM前。
そこで順番待ちしていた時
女性の後ろに並んだ男がタバコを吸い出した事で起こった言い合いだった。
男「あぁ?俺が何処で吸おうが勝手だろ!
それに他の並んでる奴らは、文句言ってねぇだろうが!
嫌なら自分が何処かへ行けよ!」
そう吐き捨て女性の顔へ煙を吹きつける。
女性は、顔をしかめ煙を振り払いながらチラッと周囲に視線を向けた。
周りの人達は、関わりたくはないのだろう。
チラチラと横目で見ながらも我関せずで誰も助けてくれようとはしなかった。
「・・・ゴホッゴホッ」と咳き込んだ後
やり切れない表情で立ち去ろうとしたその時。
バシャ!!
「!冷てぇなぁ!!」
男が大声を上げた。
また何かが起こったのかと周囲の視線が男に集中する。
「あら、失礼致しました。
ちょっと、躓いてしまって。
何か至らない事をしましたでしょうか?」と
ペットボトルを手にした女性が言う。
その言葉に男の顔が赤くなる。
男「何だよ?その言い草は!!
これを見ろよ!謝れやー!」
そう言う男の右腕は濡れていた。
当然、持っていたタバコも駄目になっている。
「あら、躓いた拍子にペットボトルの水が掛かったんでしょうか・・・」
首を傾げながら男の右腕から指先まで視線を落とすと
「火もキレイに鎮火してますね」
とも付け加えた。
男「ハァ!?どいつもこいつもムカつくわぁ!!おい!クリーニング代払え!」
駄目になったタバコの亡骸を投げ捨て言った。
水掛け女性「クリーニング代とは?」
男「馬鹿か?人の服へ水掛けやがったんだから払うのが筋だろうが!
そんな常識も知らねぇのかよ!」
水掛け女性「常識?払う必要性を感じませんが。
タバコと違い水ですから臭いも毒性も無いですし自然に乾きますよね?」
男「そういう問題じゃねぇし!イラつくわぁ!こいつ!」
そう言うと
新たにタバコを取り出し吸い始めた。
そして、タバコの煙を
水掛け女性に向けて吐きつける。
何度も何度も顔めがけ吐きつける。
水掛け女性「・・・・・」
男「ハハハハッ
どうしたよ?何も言えなくなったかぁ!」
水掛け女性「・・・」
顔の間近で吐き散らされても微動だにしない女性。
男「おい、さっきまでの偉そうな態度!土下座して詫びろ!馬鹿女!!」
勝ち誇った顔を歪めて笑いながら言う。
水掛け女性「・・・どうやら失敗作のようですね」
そう淡々とした口調で言うと
二人の居る空間だけが歪み始める。
男「あぁ?何言って・・・?」
不意に言葉が途切れた。
今まで聞こえていた雑踏や周囲の視線が消えている。
周りを見渡すと静かな暗闇の中に立っていた。
男「・・何だよ?何が起きたんだよ・・・」と辺りを警戒していると
「先程は汚臭を
ありがとうございました。
ささやかながら返礼させて頂きます」
そう声が響く。
男は一瞬ビクッと身体を震わせたかとおもうと両手で顔の周りを振り払い始めた。
虫が集っているわけでもないのに顔を真っ赤にしながら
必死に見えない何かを振り払おうとしている。
男「ゲホゲホッ!ウゲッ!
い・・息が!ゲホッゲホッ!」
激しい咳き込みをする男。
男「く・・苦しゲホッ!」
堪らず倒れ込む。
倒れた男の前に
あの水掛け女性が現れる。
男は苦悶の表情で女性を見ると
男「ゲホッゲホッ!たた助け・・・て!ゲホゲボッ!!」
と震える手を女性の方へ伸ばす。
そんな男の様子を満面の笑みを浮かべて見下ろす女性。
「苦しい?助けて?何故?
長年、貴方が好んでいた美味しいモノののはずでしょう」
女性の言葉の意味が分からないのか目を充血させた男は複雑な表情をする。
「分かりませんか?」
足元で胸をおさえ咳き込み続ける男に問い掛けた。
男「ゲボッ!ゼィゼィ!
・・・ゲホッゲホッ!オェッ!」
充血した目には涙が浮かび
鼻から鼻水が垂れ
口からは、だらしなく涎が垂れ流された汚い顔を女性に向け何度も頷く。
「仕方ないですね。
今、貴方が悶える元凶になっている空気は煙です。
それも今まで貴方が所構わず吐き散らしてきたタバコのけ・む・りです♡」
男「!?」
「嬉しいでしょう?やはり自分が出したモノは自分で
責任を持って全て処理するのが当然ですものね」
その言葉に対しゲホゲホ咳き込みながら青ざめた顔で
口をパクパクさせる男。
「んっ?何か言いたいのですか?
少しだけなら聞いてあげますよ。どうぞ」
男を冷ややかに見つめて言った。
すると、男の周りのタバコ煙が徐々に薄れていく。
男「ハァ・・・あんたが何なのか知らねぇけど・・・ゲホッ!
別に・・吐いた煙なんか吸いたくもねぇよ・・好物でも・・ねぇし美味くもねぇよ・・!ゲホッ」
「・・・
自ら吐き出したモノなのに自らも不快だとは。滑稽ですね」
男「・・ゲホッ!タバコ吸うのがストレス発散になるんだよ!ハァハァ・・権利だよ権利!吸う権利!煙なんかクセェに決まってんだろ!」
「へぇ、吸う権利?
確かタバコは、有害成分がタップリ詰まった代物ですよね。
他者を蝕む害毒物を撒き散らす優先権というものでもあるのですか?教えて下さい」
男「・・それは・・・そんなのは・・ゴホッ知らねぇよ!
合法なんだから・・・問題ねぇだろ!・・ゲホン」
「合法ねぇ・・・ふふっ
そんなに有毒物を欲するのならば望み通りにしてあげます」
と言うと
倒れたままの男の側に膝をつき
手に持っているモノを見せる。
それは、タバコの吸い殻。
「ちまちま吸うより
この方が手っ取り早く摂取できるでしょう!」
手にした吸い殻を
男の口の中へポイッ!
すぐに吐き出そうとする男だったが口が塞がれ
どういうわけか手足も動かせない!!
男「!ううっうっ!」
声にならない嗚咽。
飲み込まないように必死にもがく!
「まだまだ有りますよ。
貴方がポイ捨てしてきた吸い殻達」
鼻を塞がれ強引に口を開かされ
次々に放り込まれる吸い殻達。
男「!!ウゲェッ!」
男の顔は、苦悶に歪み
凄まじい形相になっている。
【苦しい!苦しい!】
息をする為には、吸い殻達を飲み込まなくてはならない。
当然、猛毒・・体内に入れれば・・・
【息・・・も・・もう限界!】
ジャリジャリ!ゴクリ!
男「!!?んんーっ!オゲッ!ゲボッ!!」
呼吸と引き換えに死へのカウントダウンの音が聞こえた気がした。
「・・・確かにタバコは合法。
ただね、吸わない必要のない者からしたら
合法だろうが違法だろうが有毒ガスに変わりはないんですよ。
要求したわけでもないのに
強制的に有毒ガスを吸わされる苦痛。
低能な貴方でも今なら理解できるでしょう?」
男「・・・・・・」
虚ろな眼差しのまま何も言わない。
いや言えなかった。
「・・・あの小柄な女性も言っていましたよね。
【吸うな】ではなく決められた【喫煙場所で吸って欲しいだけ】だと。
正当な言い分でしょう。その喫煙指定場所にさえ近寄らなけば自身は守れていたはずだったのだから。
なのに・・・貴方はどうしていましたか?」
男「・・・・・・・・・」
「己の我欲のみを優先させ
他者に我慢を強いる。
自分だけが害毒の餌になるのは自業自得ですが他者の心身を壊す権利など無いのですよ。
まぁ自ら、毒物を買い合法薬中依存者に成り下がるのは自由ですが
身勝手過ぎる薬中脳は始末が悪いのでね」
男は、ただただ聞いているだけだった。
「タバコで
イキがる事に何の価値も無い。
共存できないなら必要は無い。
・・・そろそろ飽きました。
そのタバコに操られた脳。
タバコの煙同様に煙たがられる人生。
貴方には相応しい。
ハハハッ
ハハハハハッ」
笑い声をあげながら
女性の姿は霧となって消えてしまった。
そして男の目も
ゆっくりと閉じていった。
《エピローグ》
ピッピッピッ
無機質な電子音。
?「あら、起こしてしまいましたか。
今日は良い天気ですよ」
シャッと音がするとカーテンが開き窓から眩しい太陽の光が男を包む。
?「具合はどうですか?」
と看護士が聞く。
男「・・・良くも悪くもないかな・・」
病室のベッドの上で答えた。
看護士「そうですか。
そういえば、酷く魘(うな)されていたみたいだったけど
悪い夢でも見たんですか?」
男「えっ・・・夢?
・・・あぁ・・・・うん」
看護士「何かあれば言って下さいね」
手早く点滴を交換し終えた看護士は
そう言って病室を出て行った。
男「夢?だったのか・・・」
やけに生々しかったのだが・・・
重度の肺気腫を患い長く闘病生活をしている男。
自力での呼吸が難しく鼻に管を入れている。
昔からヘビースモーカーで1日2箱のタバコを吸うのは当たり前だった。
吸いたくなれば場所など関係なく吸っていた。
指摘された事もなかったから周りへの配慮なんか気にした事もなかった。
やりたい放題やってきたツケが
今の自分の姿なんだろう。
何だか頭の片隅に
あの夢で見たような出来事があったような・・・
もうハッキリとは思い出せなかった。
ふぅ・・・んっ?
歯の隙間に何かが挟まっている。
口の中に指を入れ何とか挟まっているモノを取った。
指先にあったモノ
それは・・・・・
タバコの葉っぱ。
※このストーリーは
喫煙者を叩く為に書いたものではありません。
マナーやルールを守っている愛煙家の方々が大半だと思っております。
最後まで
ありがとうございました。
指定場所外 Fool @42kis
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