第50話 真祖VS美少女剣士 前編
クラリッサは、迷子になってガチ泣きしてしまった。
普通、そんな醜態を晒したら、年上のお姉さんとしての威厳を取り戻すのは不可能に近い。
しかしアオイは信じていた。そしてクラリッサは見事それに応えた。
「ぬぬっ?」
イリスが戸惑いの声を漏らす。
「たぁっ!」
対照的なクラリッサの凜々しい声。
今、二人は荒野で戦っている。
もちろん本気ではない。
少なくともイリスはかなりの手心を加えている。もし彼女が本気で勝ちを狙うなら、空から一方的に攻撃すればいい。地上に二本の足を降ろしている時点で、翼という利点を捨てている。
いわゆる縛りプレイだ。
しかし『空を飛ばない』という縛りを逸脱しない範囲では、イリスは全力を出しているように見えた。
クラリッサが剣を振り下ろす。
離れたところから観戦しているのに、アオイには刃が見えなかった。体の動きや、鳴り響く轟音から、そうだと読み取ったにすぎない。
轟音。
それはイリスがクラリッサの剣を受け止めた音だ。
イリスは暗黒のオーラで剣を作り、迫り来る斬撃をことごとく跳ね返していた。つまりあの太刀筋を見切っているのだ。
さすがは真祖。
そしてクラリッサは、真祖に冷汗をかかせている。
クラリッサは指輪によって敏捷性が400も増えている。自前のと合わせれば500オーバーの敏捷性だ。
対してイリスの敏捷性は測定不能だった。ギルドの水晶は999まで測れるので、少なくとも1000以上。クラリッサに倍の差をつけている。
二人ともアオイの動体視力を超えて動いているので、戦いをハッキリ見ることはできない。
それでも断片的に映る。動きそのものはイリスが速いという印象を受ける。
なのに追い詰めているのはクラリッサのほうだ。
「クラリッサちゃん、凄いわね~~。目線や足捌きにいくつもフェイントが入ってる。しかも、それをフェイントだと思って無視すれば、本気の攻撃に切り替えて振り抜いてくる。だから分かっていても反応するしかない。あ、見て! イリスの死角をついて、一気に後ろに回り込んだわ!」
エメリーヌは興奮した様子だが、アオイの眼では、そこまで詳しく読み取れなかった。
ただクラリッサのほうが圧倒的に戦いが上手い、というのは分かる。
「舐めるなっ!」
イリスの体から黒いオーラが触手状に伸び、遠くの地面を掴んだ。それに引き寄せられる形で急加速。クラリッサの一文字斬りを回避する。
「つけあがりおって! 真祖の強さを見せてやるのじゃ!」
黒い触手を何本も出し、それをムチのようにしならせる。地面を叩いて、加速と方向転換を繰り返す。
まるで稲妻のようにジグザグに動く。
空気抵抗で減速し、再加速するまでの一瞬。その間だけアオイの目にイリスがかすかに映った。
クラリッサはめまぐるしく視線を動かす。
焦っている様子がない。冷静だ。
「凄い。クラリッサちゃん、イリスの動きを目で追えてるわ」
エメリーヌは本気で驚いていた。
その表情を見てアオイは誇らしくなる。『さすがボクのクラリッサさん』と。
クラリッサが動き、イリスの正面に立ち塞がる。
イリスのほうが倍も速いのだから、単純に走って追いかけたのではない。動きを予測して、先回りしたのだ。
「くっ、やりおる! ならば、これはどうじゃ!」
イリスは加速に使っていた十数本の触手を、今度は攻撃に用いた。
四方八方からクラリッサを取り囲み、巻き付こうとしている。
クラリッサは細身であるが、抜け出す隙間はなさそうだ。
が、絶体絶命に見えたそれは、クラリッサにはチャンスと映ったらしい。
口の端をニッと歪め、剣で触手の一本を強く叩く。
切断はできなかったが、触手は大きく後ろに弾かれる。それでほかの触手にぶつかり、連鎖的に軌道が変わり、結果、半数ほどが絡まってしまった。
「にょえええっ! ほどけんのじゃぁ!」
クラリッサは絡んだ触手を掴んで、柔道の一本背負いのように投げる。イリスは空高く打ち上げられた。
絡まった触手が更に絡まり、イリス自身を縛ろうとうねった。
「ますます絡まる……! じゃが、我のオーラは出し入れ自由じゃ!」
触手を消してイリスは自由になる。
と、そこにクラリッサが跳躍し、空中で肉薄した。
「はぁぁっ!」
振り下ろされるユニコーンソード。
再構築された暗黒の剣がそれを受け止める。イリスはユニコーンソードの勢いを殺しきれない。
イリスは背中から地面に落ち、クラリッサはその腹に馬乗りする形となった。
いわゆるマウントポジションであり、普通なら圧倒的に有利な体勢だ。
「ぬふふ、馬鹿め。人間なら手足を動かしにくくて辛かろうが、オーラを操る我からすれば、むしろ『捕まえた』といったところじゃ!」
そうだ。マウントどころか、関節技をきめたとしても決定打にはならない。
物語に登場する吸血鬼の再生力を考えるに、首をはねてもすぐにくっついてしまう可能性だってある。
なら、クラリッサがイリスに勝つ手段などないのでは?
アオイがそう思った次の瞬間。
「こしょこしょこしょ」
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