第44話 マナバーストの試し撃ち

 夕食の時間。

 アオイはみんなにマナバーストという魔法を習得したと報告する。と同時に、それの威力がヤバげなのも説明。

 試し打ちに相応しい場所はないかと相談してみた。


「え。ギルドでやったあれより威力が凄いの……? 町の外っていうか、かなり離れてやらないと危険だと思うよ」


 クラリッサは真面目な顔で言う。


「ふむ。我はアオイがギルドでなにをやらかしたか知らぬが、人間でも強い奴なら、城を吹っ飛ばすくらいの魔法を放つ。あまり人里の近くで試し打ちせぬほうがいいじゃろ」


「そういう話なら任せて~~。ドラゴン形体の私の背中に乗れば、町から離れるなんて簡単よ~~」


「おお、それはいい考えじゃな。我は自分の翼でついていくから、アオイとクラリッサはエメリーヌに運んでもらうがいい」


 話が思わぬ方向に盛り上がってきた。

 ドラゴンの背に乗る――。

 ファンタジー物ではお馴染みの光景だが、いざ自分がそれをやるかと思うと、興奮を禁じ得ない。想像しただけで鼓動が激しくなる。


「アオイくん! ドラゴンの背中だって! 妄想したことあるけど……まさか本当に乗れるなんて……!」


「クラリッサさんも妄想してましたか! ボクもです! ぜ、ぜひ、お願いします、エメリーヌさん!」


「うふふ。じゃあ早速、明日やりましょっか」


「あ、明日! そんな大それたことを思いついた次の日に……」と、クラリッサが。


「大丈夫なんですか? こういうのって、どこかに書類を出して許可を得なきゃ駄目だったりしませんか……?」と、アオイが。


 同じようなテンションで、期待と不安が混じり合った声を出す。


「書類って、大げさねぇ。私の背中に乗るだけなんだから、私の許可があればそれでいいじゃないの~~」


 そうなのだが、なにせドラゴンに乗って飛ぶのだ。

 これが日本だったら、航空自衛隊がスクランブル発進してしまう。

 この世界の人たちだって、ドラゴンが飛んでいたらビックリするはずだ。


 いや、ビックリするくらいで済むなら安い話かもしれない。

 日本にドラゴンが飛来したら、それはあり得るはずのない異常事態だが、この世界ならば「すげぇ、ドラゴンだ!」くらいで終わる。

 だからアオイとクラリッサがエメリーヌの背に乗って飛んでも許される。


 そもそも許されるもなにも、誰も禁止などしてない。

 最初から堂々と乗ればいいのだ。

 ここはファンタジー世界。地球ではないし、病室でもない。

 アオイは自由なのだ。ドラゴンに乗って空を旅する自由がある――。

 興奮のあまり、中身のないことをグルグル考えてしまう。


 とにかく、明日はドラゴンに乗って飛ぶということで話がまとまった。

 凄い。

 アオイはベッドに潜り込んでも、興奮してなかなか眠れなかった。

 もはやマナバーストの試し打ちは二の次だった。


 そして朝。


「はーい。二人とも落ちないようにね。私のウロコを引っ張ってもいいから~~」


 ついに、そのときが来た。

 アオイとクラリッサを乗せたドラゴン形態エメリーヌは、巨大な翼をはためかせ、あっという間に高度を上げていく。


「アオイくん、見て見て! もう町が小さくなっている! あと雲がぐんぐん近づいてくるよ!」


「落ち着いてくださいクラリッサさん。二つの方向を同時に見るのは僕には不可能です。それより……見てください! もの凄く広大な森がありますよ。こんなに高いところから見てるのに、端っこが見えないや。そしてあっちには……海!」


「待って、アオイくん。二カ所を同時に指ささないで。私、二つの方向を同時に見れないから!」


「……お前ら、よくそんなはしゃげるな。たかが空じゃろ」


「「たかが!?」」


 イリスの一言に、アオイとクラリッサの声が重なる。


「お、おう……なんか済まんな……」


 併走する真祖は、気まずそうに謝る。


 空。


 翼を有するドラゴンや吸血鬼には、当たり前の世界なのだろう。

 いや、地球の人間でも、飛行機に乗れば空を飛べる。

 ハングライダーなどを使えば、更に風を感じられるだろう。

 しかしアオイからすれば、空とは病室のベッドから見上げるものだった。

 まさか、その広大な世界に飛び立てるとは思わなかった。


 それはクラリッサも同じだろう。

 この世界は、まだ産業革命が起きている気配がない。

 飛行機どころか飛行船も気球もなさそうだ。

 ドラゴンだけでなく、鳥や虫といった生物がいるから、空を飛ぶという概念はある。

 しかし実際に飛ぶとなれば、アオイより更に非現実的に感じているはずだ。


 いくら非現実的でも、もう飛んでしまっている。

 目の前に広がる光景も、肌で感じる風も、考えるまでもなく本物。


「すっごいなぁ……ほんとに飛んでるよ……その気になれば、いつでも飛べるんだ。私も飛びたいなぁ……」


「……? クラリッサさんは今、飛んでるじゃないですか」


「エメリーヌさんにしがみついてね。そうじゃなくて……自分の力で飛べるようになりたい!」


 クラリッサは気合いを込めた口調で語る。


「そ、そりゃまた凄い目標ですね」


 人間が機械を使わずに空を飛ぶというのは、フィクションではありふれている。

 が、クラリッサは剣士だ。魔法を使えない。いくらここがファンタジー世界でも、気合いを込めたくらいで飛べるのかな、と疑問に思う。


「ねえ。あそこが広いわよ。魔法の試し打ちに丁度いいんじゃなぁい?」


 エメリーヌの視線の先には、草原が広がっていた。

 村や畑はもちろん、街道さえない。

 未開拓の場所だ。人の姿はまるで見えない。


「うむ。我が気配を探っても、あの辺りに人間は見つからぬ。草原を丸ごと吹き飛ばしても大丈夫じゃ」


 人の血を食料とする真祖が言うのだから信憑性がある。

 アオイはここでマナバーストを撃つと決めた。


「MPを使い切るともの凄くダルくなるので、ふらつくかもしれません。クラリッサさん、ボクが落ちないよう支えてもらっていいですか?」


「おけ! お姉ちゃんがギュッてしてあげる!」


 クラリッサが後ろから腰に両腕を回してきた。がっちりホールドされたので、仮に意識がなくなったとしても落ちる心配はない。


「……こんなに押しつけてるのにアオイくんは相変わらず反応してくれない」


「なんの話ですか?」


「おっぱいの話!」


「柔らかくて気持ちいいですよ。いい感じのクッションになってありがたいです」


「ほら、そういう冷静な態度! もっと頬を赤らめるとか、しどろもどろになるとか、あるじゃん!?」


 つまりラブコメ的な反応が欲しいのか。


「えっと……きゃー、クラリッサさんのえっちー……?」


「下手くそか! もういいよ。魔法に集中しなさい」


 アオイの反応は、クラリッサが満足いくものではなかったらしい。ラブコメは難しい。


「それじゃ……マナバースト!」


 草原に杖を向けて、魔法を実行。

 全身から、魂の奥底から、魔力が抜けていくのが分かる。

 ギルドでは自分の意思でMPを振り絞ったが、今は無理矢理に吸い取られていく感覚。

 油断すると意識まで持っていかれそうだ。


 杖の先に、白い光の塊が発生する。

 それはリンゴ一つほどの大きさで、直視しても目が潰れない程度の輝きだった。

 見た目はさほど威圧感がない。

 しかし、尋常ではない魔力が充満している。


「あらあら。思ってたより凄そうね。もう少し高度を上げるわ」


「ふーむ。町から離れろと言ったのは念のためじゃったが……ここまで来て正解じゃったな」


「おお……剣士の私でも魔力を感じる……凄い威力になりそう!」


 三人とも撃つ前から驚いている。

 アオイなど軽く恐怖を感じている。が、魔法を中断する方法を知らない。発射するしかなかった。


「撃ちます!」


 白い光球が草原に向けて落ちていく。

 着弾。

 と同時に、視界が真っ白に染まった。

 青々とした草原が光に包まれて見えなくなってしまう。

 地響きのような、、、轟音が……いや、実際に、、、地面が震えているのだろう。

 衝撃波が上空まで届いた。

 エメリーヌとイリスの体が揺れる。当然、アオイとクラリッサも上下左右に揺れた。

 続いて、周りの雲が流されたり、形を変えたりした。


 やがて光が晴れると、草原はほとんど消えてしまっていた。

 眼下に広がるのは土色。

 まるで隕石が落ちたかのように、クレーターができていた。


 城を吹っ飛ばすどころの威力ではない。

 都庁だって破壊できそうだ。


「あらまあ……。これの直撃を受けたら、私でも痛いわね……」


「我は吸血鬼ゆえ再生できるが……傷を負うと痛いからな。決して我にこの魔法を向けるなよ」


 ドラゴンと真祖でさえ、戦慄した様子だった。

 クラリッサは無言で腕に力を込めてくる。

 少し痛い。

 だが抗議する気にはならなかった。

 なぜならアオイは意識を失いかけていて、支えてもらわないとエメリーヌの背から落ちてしまいそうだったから。


「ちょ、アオイくん! エメリーヌさん、どっか適当なところに降りて! アオイくんがぐったりしてる!」

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