第36話 ドラゴンと真祖のじゃれあい
アオイがビルダーの能力を説明すると、イリスは目をまんまるにした。
「なんと! 出してるんじゃなくて、作っておるのか! 聞いたことのない系統の能力じゃなぁ。それは確かに、おいそれと言いふらすべきではないな。それにしても転生者かぁ……アオイがいた世界の男は、みんなこんなに華奢で可愛い顔なのか?」
「いえ。ボクはずっと病気で寝たきりだったので、そのせいで細いんです」
「すると……ほかの奴らは、ゴツい体に可愛い顔なのか……?」
「さあ。なにせボクは自分の顔を可愛いと思ってないので……けれど、こっちとそんな変らないと思います」
「するとアオイは突然変異なわけか。凄いのぅ。我と一緒にロリータファッションをするために異なる世界から来てくれた……感謝なのじゃ!」
別にそのために来たのではない。アオイはそう言いかけたが、ではなぜ異世界転生したかと問われると、答えられない。
アオイ以外にも転生者がいるらしいので、ただ無作為に選ばれたのかもしれない。
あるいは、なにか使命があって神様に選ばれたのかもしれない。
その使命が『真祖吸血鬼とおそろいのロリータコーデでお出かけする』ではないと言い切るなど誰にできようか。
「まあ、とりあえずイリスさんの部屋を決めましょう。それからベッドを作ります」
「ベッドとな? 我は吸血鬼ぞ。棺桶で眠るに決まっておろう」
「ああ、なるほど。確かに吸血鬼ってそういうイメージです」
「さすがアオイ。分かっておるな。マイ棺桶を今の住処から持ってくるから、作らんでいいぞ。張り切って引越し作業するのじゃー」
イリスは背に翼を生やし、どこかに飛んでいった。
しばらく待っていると、棺桶を両腕で抱えて帰ってきた。
そしてまた飛んでいき、今度はタンスを担いで戻ってきた。
「中身はロリータで一杯ですね。凄い」
部屋に設置されたタンスの中を見て、アオイは感嘆の声をあげる。
「むふふ。こういう服はなかなか売っておらぬから、見つけたらすぐ買うことにしとるんじゃ。それを二百年近く続けていたら、こんなになってしまった。わはは。タンスはまだまだ沢山あるぞ。全て持ってくるのは大変だから、あっちに置いておくのじゃ」
「着る予定のない服をそばに置いといても意味ないですからね」
「意味ないってこともないぞ? 我はこんな沢山の可愛い服に囲まれているぅ、と幸せな気分になれるのじゃ。というわけでアオイよ。我の部屋にタンスを作れ。お前が作った服を入れるし、まだまだ新しいのを買うのじゃー」
かなりのコレクター気質らしい。
アオイもゲームの中では色々なアイテムをコレクションしていた。が、しょせんはデータだ。いくつ集めても物理的なスペースを圧迫しない。
本物のコレクターは物を集めるだけでなく、集めたあとの置き場所も大変なのだなぁ、と感心する。
「イリスは昔から可愛い服が大好きよねぇ。特にそのゴスロリってのが好きなんでしょ。メイド服みたいなやつ~~」
と、エメリーヌはふわふわした口調で言いながら、自分のメイド服のスカートをひらひらさせる。
それを聞いたイリスは目をつり上げた。
「違うのじゃ! メイド服とゴスロリはかなり違うのじゃ! 何度も説明しとるじゃろがい!」
「うーん……黒地に白でヒラヒラでしょ。いまいち違いが分からないのよねぇ。ごめんなさい」
「ぐぬぬぅ。高度な知性を持つドラゴンのくせに、なんて情けない理解力か! 表に出るのじゃ。今日こそお前に勝ってみせるぞ!」
「あらあら。またいつものあれ? いいわ、どのくらい強くなったか見てあげる。アオイくん、クラリッサちゃん。ちょっとイリスとお出かけしてくるわねぇ」
エメリーヌは庭でドラゴンになり、空へ舞い上がっていく。
それをイリスが追いかける。
瞬く間に二人とも見えないくらい遠くに行ってしまった。
「……なにしに行ったのかな? 勝つとか、どのくらい強くなったか、とか言ってたけど……まさか本気で戦うつもりなのかな?」
クラリッサは不安そうに空を見つめる。
「あの口ぶりだと戦うんでしょうね。仲よさそうなので、さすがに本気は出さないと思いますけど……」
エメリーヌとイリスの力は、人間の及ぶところではない。
少なくとも、この町にいる冒険者では束になっても勝つ見込みがなさそうだ。
なにせドラゴンと真祖。
作品にもよるが、フィクションではどちらも強大な存在として描かれる。
そんな二人が戦ったら……いやいや、エメリーヌもイリスも闘争心あふれる性格には見えない。戦ったとしても、ちょっとしたじゃれ合い程度のものだろう――。
アオイがそう考えた直後。
空高くに光の柱が伸び、雲を切り裂いた。続いて黒い触手が幾本もムチのようにしなる。
それから数秒後、腹の底に響くような音が聞こえ、地面が小刻みに揺れた。
「じ、地震が起きてるけど……あれでも本気じゃないのかな……?」
「さ、さあ……とにかく町に被害がでないのを祈るばかりです」
アオイとクラリッサが見守っていると、背に銀髪少女を乗せたドラゴンが帰ってきた。
「ただいま~~」
ドラゴンは見慣れたエメリーヌの姿に変身する。
イリスは地面に伸びて、目を回していた。
「また負けたのじゃ……悔しいのじゃぁ……」
「うふふ。なかなかやるようになったけど、まだまだね~~」
エメリーヌは片目をつぶりながら笑う。軽いお遊びで勝って喜んでいる。そんな表情だ。
とても大地を揺るがす勝負のあとには見えない。
が、ドラゴンと真祖からすれば、その程度の勝負だったのだろう。
「アオイくん。私たち、想像してたより凄い人たちと家族になったみたいだね……」
「ですね。なんかこう……ドキドキというか、血がたぎりますね! やはり大きくて強いというのは凄いことです!」
「あ、喜んじゃうんだ……そんなに可愛い服が似合っても、アオイくんはやっぱり男の子なんだね」
アオイくんは男の子。
当たり前のことをクラリッサはしみじみと呟く。
とにかくアオイは圧倒的な力のぶつかり合いを目の当たりにして、興奮を抑えられなかった。
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