第25話 喋るゾンビ

 扉は押しても引いても開かなかった。

 鍵穴はあるが鍵がない。

 なのでクラリッサは蹴破って中に入る。


 そこも物置のような部屋だった。

 色々なものが乱雑に置かれている。だが、それらをジックリ調べようという気にはならない。

 アオイとクラリッサの視線は、床に描かれた魔法陣に集中している。

 気配が邪悪すぎて、冷汗が出てくる。

 間違いなく、あれがゾンビを生み出す元凶だ。

 アオイはそれを浄化しようと杖を構える。

 しかし魔法を放つ前に魔法陣からモヤが溢れ出し、人の形となった。


 黒いフードを被った人間……いや、顔色が悪すぎるし、皮が剥がれて肉が見えている部分もある。

 ゾンビだ。


「立チ去レ……俺ノ邪魔ヲスルナ……!」


 なんとゾンビが人間の言葉を放った。

 そして両腕を突き出し炎を放ってきた。


(ゾンビのくせに魔法を!?)


 これまで出会ったゾンビは、どれも知性を感じなかった。

 動きが速かったり遅かったりという個体差はあったが、どれも棒を振り回して武器にすることさえしなかった。

 なのに魔法。


 アオイは驚きつつもウォーターを放って、敵の炎を相殺する。

 その隙にクラリッサが走り、ゾンビの後ろに回り込んだ。

 一瞬にして無数の斬撃がきらめく。

 喋るゾンビは細切れになる……が、両腕は空中に浮かんだまま、炎を放ち続けていた。


 腕だけではない。

 頭も胴体も足も、糸でつられているかのように浮遊し、自在に動き回る。


「聖水が効いてない!」


 驚きの声を上げるクラリッサに、ゾンビの足が迫る。

 こういうのも跳び蹴りというのだろうか。

 とにかく凄まじい速度だが、クラリッサは剣でそれを弾き返す。


(よく見ると、ゾンビの断面が少しだけ砂になってる……聖水が全く効いてないわけじゃない。ゾンビが強すぎて、あの聖水の効果じゃ倒しきれないんだ)


 ならば最大出力のゾンビ・ピュリファイをぶちかますまで。

 だがアオイは炎を防ぐのに忙しく、魔力を練り上げる余裕がない。


「クラリッサさん、頼っていいですか。ボクは今から無防備になるんで、しばらく守ってください。おそらく、一分くらい」


「おっけー!」


 かなりの無茶振りのはずだが、クラリッサは迷わず頷き、そして右手に剣を、左手に鞘を持ち、擬似的な二刀流の構えをとった。

 そして炎を放ち続けるゾンビの両腕に振り下ろす。腕の向きが変り、炎が天井に伸びる。


 そこから先、ゾンビは四肢をドローンのように機敏に操り、四方八方からクラリッサとアオイを攻撃し続けた。

 しかしクラリッサは驚異的な反射神経と集中力で、全ての攻撃を防ぎきった。


「ゾンビ・ピュリファイ!」


 掛け値なしの最大出力。

 残ったMPを全てつぎ込み、部屋全体に光を広げる。

 その光が晴れると、宙を舞っていたゾンビも、床の魔法陣も、跡形もなく消えていた。


「か、勝った……のかなぁ?」


 クラリッサは全ての力を出し切ったかのようにくずおれた。

 アオイも同じだ。想像以上に精神力を削られた。

 二人で並んで壁を背にして座り込む。


「おそらく倒せたと思います……気配、消えましたし……」


 ギルドに報告し、そのあとゾンビがもう湧かなくなったと確認が取れれば、依頼完了だ。

 しかし今はギルドに帰る余力がない。

 もう少し休まないと――。


「ねえ、アオイくん。本当にもうゾンビが出ないならさ。この屋敷、私たちのものになるんだよね?」


 そうだ。そのために戦っていたのだ。


「部屋がいっぱいあったよね。家具も壊れないで結構残ってたし。掃除は大変そうだけど、頑張ろうね!」


 ああ。自分の家は自分で掃除しなければならないのか。

 アオイは今まで掃除なんてしたことがなかったから、思い至らなかった。

 ホウキで掃いたり、雑巾を絞って窓を拭いたり……。

 この大きな屋敷を全て綺麗にするのは骨が折れそうだ。

 けれどクラリッサと一緒にやるのは楽しそうだ。


「はい。頑張りましょう。家……自分の家……ボクたちの家……まだ実感が湧きません」


「私も! 家を買うなんて無理だと思ってたもん。あとで『やっぱり駄目でした』ってなってもガッカリしないよう、心の準備をしておかなきゃ」


 期待しなければ落胆もしない。

 クラリッサにしては後ろ向きな考え方だが無理もない。

 なにせこの大きな屋敷を丸ごともらうのだ。話がうますぎる。


 体力と気力が回復したので、アオイとクラリッサは立ち上がって地下室を少し探索した。

 そして一冊の手記を見つけた。

 どうやら、さっきの喋るゾンビは、この屋敷の持ち主だったらしい。

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