第9話 魔導書は消えるらしい
「ああ。ちなみに魔導書は、契約に使ったら消えちゃうからね。誰かと使い回すとか、中古で売るとか、そういうのはできないから」
「え、消えちゃうんですか? 不思議ですね。宝箱とかもそうですけど。……魔導書って人間が書いてるんですか?」
「いや、ダンジョンの宝箱とか、キューブから出てくるものだよ。人間の手で魔導書を作ろうって研究もあるみたいだけど。成功したのかね? あたしゃそういうの、あんまり興味ないんだよ。死ぬまでこの町で商売ができればそれでいいのさ」
商売ができる。つまり安心して生活できるということだ。
この世界に来てアオイは、初めて金銭のやり取りを経験した。
自分で宿を取り、食事をした。洞窟で入手したアイテムをギルドに売り、こうして魔導書を買った。
金の重要性というものを多少は知ったつもりだ。
金がなければなにもできない。
だから老婆が言っていることは理解できる。
しかし、それはそれとして「なぜそうなっているのか」を知りたい。
アオイのそんな考えを察したのか、老婆は微笑んだ。
「あたしは教えてあげられないけど、世の中は広いから。あんたみたいに好奇心旺盛な人は沢山いるよ。生きていればそういう人たちと知り合う機会もあるだろうさ。そういう連中を相手に質問攻めにするなり、一緒に研究するなりすればいいよ」
「なるほど! これからの人生に期待します」
いつ死ぬか分からないまま病室にいたときとは違う。
今のアオイは時間も健康も持ち合わせている。
なんだってできるのだ。
「若いってのはいいねぇ。ほかにもなにか買っていくかい?」
「はい。せっかくなので、ほかの魔導書も買いたいです。もう少し見ていいですか?」
「どうぞ、どうぞ。ゆっくり選ぶといいよ。質問があったら遠慮なく言っておくれ」
最初は警戒されていたが、すっかり気に入られたようだ。
「じゃあ、お言葉に甘えて質問です。ザッと見た感じ、魔法には属性があるみたいですね。火、風、水、土……」
「そうだね。その四つの属性が有名だね。なんで有名かって、その四属性の魔導書がダンジョンで沢山見つかるからなんだけど。それと、どの属性にも属さない無属性魔法も多いね」
「無属性魔法ならボクも使えます。マナボールって攻撃魔法です」
「あれね。魔法師の適性があると、魔導書で契約しなくても自然と使えるようになるやつ。それとアペリレも無属性だよ。アペリレってのはキューブをアイテムにする魔法ね」
「四属性と無属性。ほかにも属性はあるんですか?」
「雷とか氷とか毒とか。まあ、沢山あるね」
あのゲームでも魔法の属性は沢山あった。
ありすぎてシステムが複雑だという批判が出ていたが、ここは現実なので、もっと複雑かもしれない。
「あんまり色んな属性を覚えると器用貧乏になるから、数を絞ったほうがいいよ。たとえばこの魔導書は炎属性のファイアって魔法を覚える。ファイアより威力が強いファイアボルトって魔法は、ファイアを上手に使えないと覚えられないんだ。魔導書があってもね」
「するとファイアボルトより強い炎魔法は当然、ファイアボルトを覚えてないと駄目なんですか?」
「そういうこと。ただ使えるだけじゃなく、上手に使えなきゃ駄目だよ」
「……その上手ってのは、誰がどう判断するんです?」
「魔導書が判断するんだよ。契約できたら合格ってこと。契約できなかった場合は魔導書が消えずにそのまま残る。だから、やり直せるよ。同じ魔法を何度も使ってるうちに、威力とか命中率が上がっていくんだよ。その辺は自分でやれば実感できるさ」
アオイがやっていたゲームには、そういうシステムはなかった。
しかし現実的に考えると、それが正しいかもしれない。
ゲームでは、レベルアップしたときに手に入るポイントを割り振って、どのパラメーターやスキルを成長させるか選べた。
が、剣だけで攻撃してレベルアップしたのに、魔法にポイントを振って成長させられるというのは、考えてみると奇妙だ。
「同じ魔法を何度も使うと強くなる……面倒ですけど、コツコツ頑張れば確実に成長できるってことですね。スキルポイントの振り方を間違えたと後悔しなくていいのは、むしろありがたいかもです」
「スキルポイントってなんだい?」
「あ、えっと……」
「あんた。妙に理解力があったり、好奇心旺盛な割には、基本の知識がないと思ってたけど……もしかして転生者かい?」
バレた。
こんなわずかなやり取りで転生者だと見抜かれるなんて。
この老婆は転生者をどう思っているのだろう?
せっかく良好な関係を築けそうなのに、差別的な目で見られたらいやだ――と、アオイは心底から思った。
「まだ小さいのに大変だねぇ。いつ転生してきたんだい? こっちで頼れる人はいるのかい?」
しかし老婆は優しかった。
アオイはホッとする。
「大丈夫です。ギルドの受付嬢さんは親切ですから。あと、あなたも親切に質問に答えてくれています。この世界の人たちは、とても親切です」
「あら、あら。嬉しいことを言ってくれる子だねぇ。あたしは転生者と実際に会うのは初めてだけど、異世界の人ってのはみんなこんなに純心なのかい?」
老婆はアオイの頭を撫でてくれた。
誰かに撫でられるなんて、いつ以来だろうか。
アオイはこの世界がますます好きになってきた。
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