第7話 ドロップアイテム

 アオイは冒険者ギルドに行き、受付嬢に疑問をぶつける。

 彼女は嫌な顔を一つせず、丁寧に答えてくれた。


「モンスターの死体は消えるものです。むしろ死体が消える生物らしき存在、、、、、をモンスターと定義しているくらいです。ああ、消えると言えばダンジョンの宝箱もですね――」


「ダンジョン……」


 アオイは少しドキッとした。

 レベル10になるまで洞窟に近づくなと忠告されたのに無視した。

 それがバレたかと思ったのだ。


「アイテムを取り出したら、その宝箱は消えます。そして一定時間が経つと、いつの間にか新しい宝箱が出現します。どっちもダンジョン特有の現象です。もっと強くなったらアオイくんもダンジョンに行くと思いますけど、宝箱がいきなり消えてビックリしないよう、今のうちに覚えておいてくださいね」


「不思議な現象ですね……仕組みは分かってるんですか?」


「うーん、仕組みかぁ……まずダンジョンそのものがどうやって作られたのか分かってませんから。仮説はありますけど。異世界の法則が流れ込んでるとか、瘴気がたまって空間が不安定になったとか……ま、ギルドの受付嬢ごときじゃ答えられません」


 彼女は苦笑いした。


「じゃあ、これがなんだか分かりますか?」


「ああ。これはキューブです」


 正六面体を見せると即答された。今度は自信たっぷりだ。


「キューブ、ですか。モンスターを倒したら死体が消えて、代わりにこれが落ちてたんですけど。なんに使うんです?」


「キューブそのものに使い道はありません。でもこれに特定の魔法をかけると、アイテムに変化します。なんのアイテムになるかは、やってみないと分からないですね。凄く貴重なアイテムが出ることもあるし、運が悪いとただの石ころが出てくることもあります。けど、どのモンスターからドロップしたかで、ある程度中身を予想することはできます」


「なるほど。強いモンスターほど貴重なアイテムが出てくる感じですか」


「そういうことです」


 倒したモンスターがアイテムを落とすのは、ゲームではお馴染みの光景だ。

「あのモンスターは魔石のドロップ率がいい」とか「オリハルコン系武器は三日粘って一個ドロップすれば運がいいほうだ」とか、そういう話をゲーム仲間とよくしていた。

 どうやら、この世界でも「ドロップする」という言い回しを使うようだ。


「アオイくんは魔法師だから、キューブをアイテムに変換する魔法を自分で習得できますよ」


「それは、どうやったら習得できるんですか?」


「魔法道具屋に行って、対応した魔導書を買うのが一番早いです。魔導書をダンジョンとかで自力で見つけるって手もあるけど、時間がかかりますし、あなたのレベルでダンジョンに行くのは自殺行為ですし」


「……なるほど。魔法師じゃない人は、どうやってキューブをアイテムに変えてるんですか?」


「仲間に魔法師がいたら、その人にやってもらいます。そうじゃない人のために、冒険者ギルドでもキューブのアイテム化を請け負ってますよ。もちろん手数料はいただきますけど。ギルド以外にも、アイテム化の代行をしてる店は結構ありますね」


 値段を聞くと、そう高くはなかった。

 もちろんキューブをアイテムにする魔法は、いずれ習得する。

 が、今はギルドでやってもらうことにした。

 これが何十個とキューブがあったら馬鹿にならない値段だが、一つだけなら大したことはない。

 アオイはキューブからなにが出てくるか早く知りたかった。


「実は私も魔法師の才能があるんですよ。こういう仕事だから、攻撃系の魔法は覚えてませんけど。キューブをアイテムにする魔法は使えます」


 受付嬢はカウンターの上のキューブに手をかざし、魔力を注ぐ。

 キューブは発光し、形を変えていく。

 握り拳大の、半透明の石が出現した。



――――――

名前:魔石

説明:魔力を秘めた石。使い切っても空気中の魔力を吸って自然回復する。人為的に魔力を注げば、回復が早まる。基本的に大きな魔石ほど、大量の魔力を秘めている。が、上質のものは小さくても膨大な魔力を有する。

――――――



 ゲームでも馴染みのアイテムだ。

 魔法武器を作る素材に使ったりしたが、この世界でもそうなのだろうか。

 あと、大きい魔石のほうがいい品物らしいが、この大きさはいいものなのか、どうなのか。


「あの。この魔石って大きいほうなんですか? あれ? 受付嬢さん?」


 受付嬢は魔石をじっと見つめて黙っている。

 変わった特徴でもあったのだろうか?


「アオイくん! これ、あなたが倒したモンスターからドロップしたんですよね!?」


「え、ええ、はい。そうですけど……」


 そう正直に答えると、受付嬢は目を細めた。


「……アオイくん。ちょっとこっちに来てくれる?」


 と、奥の部屋に連れて行かれてしまった。


「あの……その魔石になにか問題でも……?」


 アオイはテーブルを挟んで受付嬢と向かい合って座る。

 そのテーブルの上には、さっきの魔石が乗せられていた。

 魔石を見た途端、優しかった受付嬢が豹変したのだが、アオイにはその理由が皆目分からない。


「あのですね。この大きさの魔石は、草原にいるモンスターからはドロップしません。もっと深い森の奥とか、洞窟の中とか、そういうところにいる強いモンスターからしかドロップしないんです」


「あ」


 アオイはようやく、受付嬢の機嫌が悪い理由が分かった。

 彼女は昨日、色々と説明や忠告をしてくれた。

 その中でも特に熱心に語っていたのが「レベルが低いうちは町からあまり離れないように」というものだった。


「ねえ、アオイくん。どこでモンスターを倒したんですか?」


「ええっと……洞窟です……」


 これといった嘘を思いつかなかったアオイは、素直に答えてしまった。


「洞窟って、ラディクス洞窟よね!? レベル10になるまで一人で行っちゃ駄目って言ったはずですけど!」


「確かに言われましたけど……約束したわけではありませんし……」


 アオイは小さな声で答える。

 実際、行くなとは言われたが、それに従うとは答えていない。

 契約書どころか口約束すらしていないのだから、受付嬢の言い分は、完全なお節介だ。

 しかし、そのお節介というのを、ないがしろにしてはいけない気がする。

 アオイを気遣ってくれる受付嬢の親切は、とても貴重なものだ。


「ごめんなさい。ボクなら大丈夫だと思ったので洞窟に行っちゃいました。受付嬢さんは色々と教えてくれたし、これからもお世話になるんだから、ちゃんと相談すべきでした……」


 口から出任せではなく、本当にそう思う。

 洞窟のモンスターを倒せたんだからいいじゃないか、という話ではない。

 二度とこのギルドに来ないというなら、アオイが好き勝手にするのは自由だ。

 しかし、まだまだこの町を拠点にするし、ギルドには何度も来る。

 なら、アオイは受付嬢の信頼を得るべきだ。

 真剣にこちらの命の心配をしてくれているのだから、手のうちを全て見せないにしても「強い」という単純な事実を教えるべきだった。


「これだけは信じてください。ラディクス洞窟でボクは苦戦しませんでした。モンスターの攻撃をいくら喰らっても痛くもかゆくもありませんでした。そうだという確信があったから洞窟に潜ったんです。だからこれからも洞窟に潜ります。ちなみに今のボクの防御力は200を超えています」


「200……!」


「はい。それでも危ない場所があったら教えてください」


「この町の周りにはありません……なるほどね、200か……ごめんなさい。私が間違ってました。それだけ強かったら、私の忠告を聞くなんて馬鹿馬鹿しいですよね」


「え、それは違います! 受付嬢さんが教えてくれたことは、とても役に立ってます! ボクは前の世界でも世間知らずで、受付嬢さんが宿の場所とか、町の周りのこととか教えてくれなかったら、右も左も分からなくて、今頃どうなっていたか! だから……これからもよろしくお願いします!」


「……ロザリィ」


「え?」


「私の名前よ。ロザリィ。いつまでも受付嬢さんじゃ、他人行儀すぎるでしょ。これからよろしくね、アオイくん」


 受付嬢は――ロザリィは微笑む。

 アオイも笑い返す。


 前の世界でアオイは両親からほとんど無視されていた。医師も看護師も、一定の距離を置いていた。

 アオイがすぐに死ぬと思っていたからだ。それは正しい。現にアオイは死んだ。死んだから異世界転生してここにいる。


「はい……よろしくお願いします、ロザリィさん!」


 他人の名前を口にするのが、とても久しぶりな気がした。

 他人。他者。

 自分以外が、自分の人生に干渉している。

 それは素敵なことだと、生まれて初めて感じた。

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