旅立ち

司忍

第1話 旅立ち

ドルーの根元にたどり着くと、マンルスは手に持った杖で大木をさし、穏やかな声でなにかの呪文をとなえた。


マンルスが口を開いた、 [この旅には、鎧も剣も持っててはならん。カムもわしの元へ預けてゆけ。持っていっていい武器は、心と、思考だけだ。ただし、アルマからもらった種だけは持っていってもいい。それは、お前の最愛の人からの贈り物だからな]


マンルスはにっこり微笑むと、また真剣な顔に戻った。


オホドロがなにか、マンルスの耳元でささやいた。 [そう、そのとおり]マンルスが深くうなずいた。


若き騎士は、太い根が折り重なってできた階段の先に続く暗闇をじっと見つめた。


[わたしは・・・・・死ぬのでしょぅか?]


それはそうだとしても。いつの日かな。それがいつかはわからないし、まぁ行ってみれば、大したことでもない。その日のためにわしらは今日をしっかり生きていかなくてはいかんのだ。今この瞬間にも、わしらは死へと向かっている。時間という、生まれながらに与えられたすばらしい贈り物を無にしてはいかんぞ]


オホドロが、またなにかをささやいた。若き騎士は一歩後ろにさがるとマンルスを見つめていった。


[人は誰もが魔術師であり、予言者であり未来が知りたいのであれば、今、自分で作ってしまえ1]


若き騎士はしばらくその言葉を噛みしめると、腰にかかえている剣をはずし、鎧を脱ぎ、たても一緒に洞穴の前の地面に置いた。


今でいけない理由など、なにもないはずだよ。暗がりへと最初の一歩を踏み出そうとする彼に愛馬カムが歩みより、小さな声で鳴いた。


彼はカムのたてがみに触れ、頭をなでてやった。そしてたくましいその首をさすりながら、いった。


マンルスがまた話しだした。


[誰かに起こることは、誰にでも起こりうることだ]背中からマンルスの声が聞こえた。


若き騎士は、マンルスと、その肩にとまるオホドロを振り向いた。


師からの最後の言葉を聞き終えると、若き騎士敬意をこめてえしゃくし、一歩を踏み出した。


階段を一段一段踏みしめ、手で壁を確かめながら闇の底へと降りてゆく。


細くなってゆく外の景色を見上げながら、騎士はいてもたってもいられないほど心細くなった。やがてすっかり入り口が閉じてしまうと、光も音もない寒い暗がりに、騎士はひとり、取り残された。


次に彼は、王子ハノと、聖剣アルボール王国を見つけ出すという遠い希望を胸に思い描いてみた。その使命があるからこそ、彼は階段を一歩、また一歩と降りてゆくことができるのだった。

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旅立ち 司忍 @thisisme

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