大好きな婚約者に近づけない呪いをかけられたので、マッドサイエンティストの兄を使ってざまぁすることにした!

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 それに気がついたのは、よく晴れたぽかぽか陽気のある日のことだった。


「待たせてしまった? リリ。今日もとてもかわいいね」

「ライル! あなたに会いたくて、つい早く着いてしまっただけなの。まぁ、いつものことよね」


 そう言ってにっこりと笑いかけようとした時。


「……っ! うぐぅっ!」


 突然喉の奥から苦い嫌な味がこみ上げるのを感じて、とっさにライルから顔を背けた。


「どうしたんだっ? リリ? 気分が悪いの?」


 ライルの心配そうな声に大丈夫と答えようとするけれど、口を開いたら今にも中から何かがこみ上げてしまいそうで。

 あまりに突然の身体の変調に、動揺を隠せない。


 今の今までなんともなかったのに、この猛烈な吐き気はなんなの。

 さっきまで早く人気のパティスリーに行きたいな、なんて考えていたくらい元気いっぱいだったはずなのに。


「さぁ、ちょっとあのベンチで休もう。リリ」


 優しいライルの手が、私を支えようと背中に触れた時だった。


「うぷっ……! ぐうぇぇーっ!」


 再び強烈な吐き気に襲われて、喉の奥でぎりぎり止まっていたものが決壊した。もっともとっさに意志の力で口を固く閉じたから、なんとか外に吐き出さずに済んだけれど。


 でも、次は無理かもしれない。

 そんな予感をひしひしと感じていた私は、必死の形相でライルを手で遠ざけ、馬車で待機していたメイドを手で呼び寄せた。


 だって、大好きな婚約者の前でゲーゲー吐くわけにはいかないじゃないの。大好きな婚約者と久しぶりのデートだっていうのに、そんなひどい姿見られたら立ち直れない。


 ライルもそんな乙女心を察してくれたようで、何か飲み物を買ってくるよ、とどこかへ駆けていった。

 戻ってきたときには、口の中を洗い流すためのお水とさっぱりした果実水、さらには濡らしたハンカチまで用意してくれているあたり、さすがはライルだと感激したのだけれど。

 

 だからこそ余計に、今度は悔しさがこみ上げる。


 今日は、大事な大事なデートだったのに。

 私たちが婚約して二年目の、特別な記念日だったのに。


 なのにどうして! こんな日に限って!

 私ったら、突然吐き気なんて!

 

 この場で泣き崩れてしまいたいくらい絶望的な気分で、涙ぐむ。


「せっかくだけれど、今日はもう帰ろうか。具合が悪いようだし、デートはまた今度にしよう」

「……で、でも! 楽しみにして……た……。……うぐっ!」


 なんとかほんの少しでもデートを、と力を振り絞るも、波のようにこみ上げる吐き気に私は勝てなかった。




 ライルと婚約して早二年。

 一目会ったその瞬間から、私は王子様のようなライルに夢中になった。

 外見が素敵だからってだけじゃない。中身も本当に素敵な人だったから。


 そして幸運なことに、ライルも私を好きだと言ってくれた。それは本当に奇跡のようで、婚約が無事まとまった時にはこのまま死んでもいいと思ったくらい幸せだった。

 いや、死なないけど。これからずっとおばあちゃんになるまで、ライルと一緒に年を重ねていきたいし。


 今日は、そのライルとの婚約して二年目の記念すべきデートだった。

 念入りにデートコースを計画して、そのためのお洋服も新調して、少しでもぷよぷよとしたお腹の贅肉を撃退しようと、甘いものも涙をのんで我慢してきたのに。


 なのになぜこんな日に限って――。


「さぁ、馬車に乗ろう。屋敷まで送るよ」


 そう優しく声をかけてくれたライルの手が、気遣うようにそっと私の手に重ねられた瞬間。


「うっ……うぐぇっ! ちょっ……失礼っ!」


 今度こそ、だめだった。本当に無理だった。

 ライルの洋服も少し汚してしまった気がする。最悪だ。


 けれどライルはちっとも嫌な顔ひとつせず、またお水を取りに行ってくれた。汚れたハンカチもきれいに洗ってきてくれたし。


 ぜいぜいと肩で息をしながら汚れた口元をハンカチで拭い、私は呆然としていた。

 不思議なことにライルがそばからいなくなると、すうぅっと気持ち悪さが抜けていく気がする。そしてライルがまた戻ってくると、再び気持ち悪さが波のように押し寄せるのだ。


 気のせいかしら、と首を傾げながら心配してくれているであろうライルの方を振り返ると。


「んぐぉっ……!」


 突如またこみ上げる吐き気に、今度こそ確信した。

 この吐き気は、ライルが原因なのかもと。


「ぜい……ぜい……。な……なんなの、これは。そんなはず……大好きなライルで吐き気なんて……そんな馬鹿なこと……」


 けれど結局その後も同じことを繰り返し、結局ライルと満足に話すこともできないまま、お付きのメイドに身体を抱えられるようにして別々の馬車で別れたのだった。






「朝も早かったですし、ここのところダイエットも頑張っておられましたからね。ご無理が出たのかも知れませんよ。ゆっくりとお休みください。きっとライル様に会えた嬉しさで、興奮しすぎたんですよ」


 婚約者に会えて興奮して吐く女子ってどうなの? とメイドの言葉に疑問を感じつつも、大人しくベッドに入る。

 でも、やっぱり釈然としない。


 屋敷に着いた後すぐにお医者様に診ていただいたけど、身体には何の異常もなし。

 なんならすっかり胃の中が空っぽになったせいか、お腹が空いているくらいだもの。


 それに、ライルに会うまでは体調には全然問題なかった。それなのに、吐き気は突然に襲ってきたのだ。しかも、ライルの顔を見た瞬間に。


「うーん……。あんなにきれいな整った顔を見て吐き気をもよおすなんて、絶対にどうかしてる。うっとりすることはあっても、気持ちが悪くなるなんてどう考えてもおかしいわ」


 それに、私の背中をさすろうとライルが触れた時もそう。

 大好きなライルに触れられて喜ぶことはあっても、吐くなんてありえない。絶対におかしい。


 一体私の身体に何が起きているのか。

 病気? それとも……。

 



 そして悲劇は、これだけにとどまらなかった――。



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