第14話「屈辱の舞踏会-7」
「リリアンさん、用意できた?」
わたくしが返事をする前に、勝手に扉を押し開いて声の主が現れる。姿を見なくてもわかる腹の立つような声に、わたくしは軽く息を吐き出して答える。
「スパーク様、勝手にレディの部屋に入るなんて無礼よ」
手に持ったネックレスを机に置いて、わたくしはスパーク様に向き直る。普段の彼ならわたくしの言葉を遮ってでも取り止めのない話をしてくるところだけれど、なんだか今日はいやに静かだわ。不思議に思ってスパーク様の顔を見れば、気の抜けた表情の彼がそこにはいた。
「スパーク様……?」
わたくしが声をかけると、スパーク様はハッとして慌てた様子で整った服の襟を正した。予想通り赤い軍服を身に纏っているスパーク様にわたくしはほっとして胸を撫で下ろす。ひとまず舞踏会で浮くことはなさそうね……。
「や、いや……失礼したね。……それ、ネックレス……僕が付けてあげる」
やけに早足で机からネックレスを取り、わたくしの後ろへと回り込んだスパーク様は、わたくしの後ろ髪をそっと撫でるように横に避けた。優しすぎる触れ方がくすぐったくて思わず身をよじれば、ピタリとわたくしの首筋に触れたスパーク様の手の動きが止まるのを感じる。
「……?」
先ほどからのスパーク様のおかしな様子に、不審に思ったわたくしは控えめに振り向く。不意に目が合うと、スパーク様は性急な様子でネックレスをわたくしの首へ回しパチッと金具を噛み合わせたようだった。わたくしはネックレスに押さえつけられている後ろ髪を両手の甲ですくってふわりと解放した。今度こそしっかりとスパーク様に向き直り彼を正面に捉えれば、なぜかスパーク様はそっとわたくしから視線を外した。
「スパーク様、ここまでお一人でいらしたの?舞踏会まではまだ少し余裕がある……わよね?」
開け放たれた扉から廊下を確認してみても、メイドの姿はない。わたくしが遅れていたから迎えに来たのかしら?と、部屋の隅で挙動不審にしている使用人に確認するように声をかければ、「あっ、はい!時間になりましたら私がご案内いたします!!」となんとも頼りになるかわからない言葉を返してきた。
仕事のできない使用人だけど、時間の管理くらいは流石に大丈夫よね……?
「……なんか、このまま舞踏会なんて参加せずにきみと2人で、ここでこうしていたい気がしてきた……」
聞き取れないくらいのスパーク様の小さな呟きは、しかし距離の近いわたくしの耳にはしっかりと入ってきた。妙な言葉にわたくしは思わずスパーク様の顔をまじまじとみてしまう。
……あら?よく見たら左の耳にピアスを付けているのね。いつも服装は華美だけれど、スパーク様は装飾品の類は全然身につけないから勝手に苦手だと思っていたわ。少し意外ね……。
スパーク様の左耳の耳朶に控えめに付いたピアスには、小さいけれど華やかな光を放つ黄色い宝石があしらわれていた。
「黄色……イエローサファイアかしら?とってもよく似合っておいでですわ」
「えっ、あ……ああ。このピアスのこと?……きみの髪色に合わせてみたんだ。リリアンさんは、僕の髪色に合わせてネックレスを選んでくれたんだね」
「え、ええ……」
スパーク様はわたくしの首にかかっている、飾りの少ないシンプルなデザインのネックレスを手に取りじっと眺めている。しばらくしてふっと軽く息を吐き出して微笑んだ。
「輝かしい銀なんかじゃなくて、鈍く沈んだ銀色。……僕の、髪色だ」
毒気のないスパーク様の笑顔に、わたくしは幼少期の彼のことを少し思い出していた。学園に入学するまではよく見た笑顔だったけれど、いつからだったかしら……。
スパーク様が瞳の奥では笑っていないような笑顔を浮かべるようになったのは。
「リリアン様、スパーク様、そろそろお時間ですのでご案内いたします」
使用人の声にハッと意識を戻してわたくしは返事をした。
「……行きましょう」
舞踏会はこれから。……わたくしの本当の試練も、これからね。
考えたくもないこれからのことを考えて、わたくしは人知れず溜息を吐いた。
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