第8話「屈辱の舞踏会」

「はあ……どうしてこうなっちゃったのかしら……」


 偽装した手紙の差出人がわたくしだとスパーク様本人に気付かれ、強制的に舞踏会にパートナーとして参加することが決められた日の翌朝……わたくしは頭を抱えていた。


 あの時はっきりと断っておけば……という後悔もあるけれど、あの様子ではきっとはっきり断っても「手紙の内容を兄さんにばらしちゃおうかな」とか言って、スパーク様はわたくしのことを脅してきそうだったわ……。

わたくしのことを常日頃から嫌っているスパーク様のことだから、きっと今回も苦しむわたくしを見て楽しんでいるのね。


幼い頃は「リリアンさま、いっしょに遊ぼう」なんて言ってわたくしの手を取って遊びに誘ってくれたものだけれど……時の流れは残酷ね。あんなに可愛らしい少年だったスパーク様がいまやも見る影もないわ。



「リリアン様、お目覚めでしょうか?そろそろ御支度の準備のお時間ですが……」


 扉がノックされ、外から使用人の声がした。ここしばらくは朝早くに登校していたから気にしていなかったけれど、そろそろ登校しなくてはいけない時間らしい。


 わたくしは「大丈夫、終わっているわ」と外の使用人に返事をし、鞄を持って部屋から出たのだった。





 舞踏会が開催される再来週までに、どうにかしてウェルター様に伝えなくてはいけない。……伝えるまでもなく、ウェルター様はノアと参加するつもりなんでしょうけど。


 くさくさした気持ちが隠せず手に持っている万年筆に力が入ってしまい、書いていた文字が歪んでしまった。わたくしは溜息を吐きながら歪んだ文字に斜線を入れ、改めて文字を書く。今は言語学の授業中だけれど、教師に急用が入ったようで不在のためほとんど自習のような時間だった。


教室にはペン先で紙をなぞる音だけが響いている。わたくしも課題に出された文章の書き取りをしているところだったけれど、昨日の出来事やこれからのことをつい考えてしまい、少しも集中することができなかった。



 わたくしは机に肘をついて、静かに深く息を吐き出す。……この時間は、こうして考え事で潰してしまおうかしら。課題は後でわたくしが直接提出しに行けば問題ないわよね。と、そんな風に考えていた時、わたくしの机の端に紙切れのようなものが置かれていることに気づいた。


「……?」


 いつの間にこんな紙切れが机の上に置かれていたのかしら、と思いながらそれを手に取って確認してみることにする。



『今日、話せないか』


 切れ端のような紙には、角ばった美しい文字でそう書いてあった。これは間違いなくウェルター様の文字だとわたくしにはわかった。貰うたびいつも、穴が開くほど見ていた手紙の文字と瓜二つだったから。


『はい』


 ウェルター様の文字の下に、緊張に少し手を震わせながら簡潔に返事を書いた。そして紙を左隣のウェルター様の机の上へ控えめに置く。……今日、話をしなければいけないのね。


『では放課後、中庭で』


 彼らしく真っ直ぐな文字を眺めて、わたくしは決意を固めた。

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