承……(3-16)

 対抗戦が終わって、次の日。

「あー、全人類が虫けらになればいいのに」

 早朝の教室で、僕はわけの分からないことを呟いた。両手を椅子の横にだらりと下げている。少し首を傾けた体勢で、おそらくは死んだ目をしているだろう。

 昨日の試合は、悲惨だった。

 歩から殴られた僕は自分の目的――《善人になる》が迎えた結果に大打撃を受けていた。……正直に言えば、歩に殴られたショックもある。

 僕達の班はと言えば、短髪の彼が漏らす苦鳴を聞いた歩が戦場に戻ったために反則負けとなった。シードとは言え、一回戦反則負けは全班中最下位だ。

 唯一の救いは、短髪君が僕の行為を庇ってくれたことだろう。おそらくは彼自身にも後ろめたい部分があったのだと思う。 

 特に「飛ばさないでほしい」と言った事実は隠したいはずだ。しかし、そのおかげで退学停学等は避けることが出来た。それでも状況は最悪に思えるけど。

「そうだ、今までの人生が夢オチだったらいいじゃないか」

 やはり口からは意味不明な言葉しか出てこない。

「……」

 ふと視線を感じたが、僕は動かなかった。動く気力が湧かない。誰かが来たのだろう。

 ――いつか《善人》になろうって、決めたのに。知り合いがいないこの場所なら、誰かを助ける場所でなら、僕でも《善人》になれると思ったんだ。

 でも僕はよりによって、本物の《善人》を前にして嫉妬や嫌悪から我を忘れた。殴りつけ、殺すことすら考えた。

 ――正真正銘の《悪党》じゃないか、変わってないじゃないか……!

「静夜さん、今日も早いですね! ……余計な奴もいるけど」

 さすがに声を掛けられたら、返事をしなきゃいけない。

「……おはよ、う」

 声の方向へと顔を向ける。途端に、声の主である紗智は顔をしかめた。

「うわ。静夜さん、酷い顔ですよ?」

「……放っとけばいいのよ、そんなの」

 もう一つの声が後ろから聞こえた……歩だったのか。おそらく自己防衛のためだろう、僕は振り返らなかった。顔を見る勇気すら折れている。

「何言ってんの。負けはあんたが『飛ばされた』ことが原因でしょ」

「違う。そいつが相手を殴りまくったからよ」

「……ルール違反をしたのは静夜さんじゃない」

「どういう意味よ」

「飛ばされた誰かが戻ってきたから負けたんじゃねーの?」

「班から人殺しを出す方が問題だわ」

「へえ。で? 被害者はどこにいるわけ?」

「彼は庇ってくれたのよ……相手の好意に付け入るなんて最低じゃない」

「だったら、飛ばされずに止めれば問題なかった!」

「……そうね。でも、高音さん。あんたが止めてもよかったのよ」

 二人が熱戦を繰り広げる。僕は――

「……ごめんよ。僕が悪いんだ」

 二人が息を呑んだ気がした。でも返事は一つだけだった。

「静夜さんは、不思議ですね。無抵抗の人間を殴りつけるくらい《悪党》なのに、まるで《善人》みたいなことを言うんですから」

 きっと……善人の面を被った悪党だからだ。

 僕の感傷を置いて、紗智は続ける。

「でもサチとしては、もっと《悪党》っぽい方が好みです」

 いたずらな笑みは、少し癒やされるくらいには魅力的だったけど、

「そうか……でも僕は、そうじゃない」

 魂が抜けた体勢のまま答えた。《悪党》なんて、嫌いだ。

「……?」

 紗智は不思議そうな顔をしたが、僕にはそれ以上答える元気がなかった。

「……後悔するならしなけりゃいいじゃない」

 誰かの声を聞いた気がした。でもきっと勘違いだと、そう思った。

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