承……(3-4)

「……探したのよ?」

「悪いね。どうかした?」

 僕達の試合場所に行くと、歩は三白眼で話しかけてきた。僕は軽く流したつもりだったが、怒りは収まらないらしい。語気を荒くして続けた。

「作戦会議をするの。味方の能力くらいは把握するべきでしょ」

「……まあね」

 さっきのやりとりを見ていたとは言えず、曖昧に頷いた。

「高音さんはどこ?」

「知らないよ」

 素っ気ない返事になったが、事実だ。僕を探して走り回っていることは知ってるけど。

「そうなの? じゃ、とりあえず二人で始めましょう」

 こちらの返事を待たず、歩は乾いた地面に腰を下ろした。僕も倣う。

「まずは改めて。よろしくね、あたしは飛剣歩。えっと刃間静夜……だよね? 静夜って呼んでもいい?」

「……」

 その言葉が、重かった。君の声はもう二度と僕の名を呼ばないと思っていたから。でも大丈夫。君が呼んだわけではないって、ちゃんと分かってる。

「あれ? あたし、何か間違った?」

「……いや。そうだね、静夜でいいよ」

「なら静夜、あんたの物語は?」

 さて、どう答えようか……。数秒悩む。

「あぁ。やっと見つけましたよ、静夜さん!」

 その数秒間に、乱入する人がいた。

「まったく、どうして逃げるんですか」

「いや、何となく」

 言うまでもなく、紗智だった。走り回っていたはずなのに息切れ一つしていないようだ。紗智は僕達のそばに来ると、当然とばかりに座った。

「そうですか……で、何をしてるんです?」

「高音さんよね?」

 話の腰を見事に折られた歩だが、気を取り直して訊く。柔らかいが、作り物臭い笑顔を浮かべていた。

「そうだけど、何?」

 対する紗智の態度は厳しいものだった。いかにも見下すように、歩を睨んでいる。

 ――ていうか、紗智ってこんなキツイ性格だったのか。

「飛剣歩よ。よろしく」

「……どうも」

 一言しか返さない紗智に、歩のこめかみがピキッと引きつった。紗智も紗智で、その一言すら面倒臭そうだ。

「じゃあ、話を戻すわね。静夜の物語は何?」

 さっきは迷ったが、今のやりとりの間に答えを用意していた。

 ――今出来ることを答えるしかない。たとえ、相手を騙すことになっても。

「僕の幻想文学は自分を語る」

「えっと……?」

「どういうことですか? 静夜さん」

「架空の自分を語ることで、自身を作り替えるんだ。もっとも、肉体的に変化するわけではないんだけどね。分かりやすく言うなら……知識を持った自分を憑依させる感じかな」

「知識……ということは、後方支援が主ですか?」

「いいや、逆に最前線が得意だよ」

 二人は更に疑問が膨らんだようだった。これは補足が必要だな。

「知識と言っても色々ある。例えば語彙だったり、道具の使い方だったり……歩き方だったりね」

「歩き方って知識?」

「うん。そこが重要なんだよ。一言で表せば、経験も知識ってわけ。つまりは【武芸の達人】である自分を語れば、その経験が知識として手に入る」

「確かに前衛向きですね……武器は?」

「素手か、もう一つ略式を使う。大体は市販されてる剣とか槍とか」

 その場合、武器自体には何の能力もない。だが熟練の技術があれば十分な威力を発揮し得る。

「手法は違うけど、戦闘(アクション)物語に近いわね」

 幻想文学は幻想、SF、戦闘、その他に分けられる。戦闘は肉体的な強化を語り、肉弾戦を挑むスタイルだ。……もっとも、この世界では幻想(ファンタジー)が強化されるから費用対効果は悪いけど。

 二人は納得したようで頷いている。この光景を見た限りでは仲がよさそうだが、実際どうなんだろう?

「じゃあ、次は高音さんの能力を……」

「は? なんでサチが情報出さなきゃいけないわけ?」

「……あんたね、さっきから何のつもりよ」

 今回はさすがに歩も我慢出来なかったようだ。不機嫌そうな顔つきで紗智を眺めている。

「見て分からないの? 話しかけるなって意思表示してるんだけど」

「あんた、一生静夜とだけ話すつもり?」

「別に。あんたと話したくないだけ。サチの人生に口出すな」

「なら迷惑かけないで」

 そこからは罵詈雑言の応酬だった。空気は険悪になる一方で、今にも飛びかかって取っ組み合いでも始めそうに見える。

 仲がよさそうだったのは勘違いかな。しばらく見物するが、終わりそうにない。

「いいわよ! あんたの物語なんて訊かない。どうせつまらないに決まってるんだから」

「あんたよりサチの方がマシよ。もっとも、土下座したって語ってあげないけどね!」

「……二人共、落ち着きなよ」

 仕方なく僕が止めに入った。左右から鬼の形相が向けられる。僕はそっと周囲を両手で示した。その時やっと、二人はあちこちから注目されていることに気が付いたらしい。

 怒り狂っていた二人は意外にも――仲よく真っ赤になって俯いた。

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