承……(3-1)

「班対抗戦か……僕にどうしろと言うんだ」

 遅れて教室に入ることがトラウマになったのだろう、まだ誰も来ていない教室で僕は頭を抱えている。席は一番前の窓際に決まった。歩は一番後ろだから距離が開いたのはいいことだと思う。だから問題は、

「戦いとかどう考えても足を引っ張るよな……いや、そもそも歩と一緒に戦うとか想像出来ないんだが」

 まだ二日目だというのに、担任は今日班対抗戦を行うと伝えてきた。簡単に言うなら幻想文学を用いた模擬戦だ。暫定的な順位を決めるだけだからトーナメント方式でやるらしい。

 修正者は世界が矛盾を正す手助けをする存在だ。具体的には世界が生み出した矛盾症候群の後処理などを行う。

 世界はファンタジアの矛盾を消すために、矛盾症候群を発症させて人間や動物を変化させる。しかし、その後は関与しない。例えばその影響で凶暴化した動物などは野放しなのだ。この場合は動物の退治、あるいは捕獲が仕事になる。

 修正者養成所はそんな職業のためにある専門学校だ……一応は名門と呼ばれている、らしい。思わず溜息も漏れる。

 いくら自分の目的を果たすために最善策を取ったとは言え、

「めんどくさい学校に来ちゃったなー」

「まったくです」

「うん……誰!?」

 一度頷いてから、がばっと振り返った。扉の側に一人の女の子が立っていた。

 金髪を両耳の上で結び、制服は微妙に着崩している。スカートは短い。ただ、幼いながらも端正な顔立ちは冷たい笑みを浮かべていた。もったいない。優しく笑えば可愛いと思うのに。

「失礼ですね。同じ班の高音紗智ですよ」

「あ、ああそうか! ごめんごめん。僕は……」

 歩に気を取られてすっかり忘れていたが、班員は三人いたのだ。僕は申し訳なくて頭を下げる。

「いいえ、あなたのことは知ってます」

「え……?」

「刃間静夜……旧姓、優月静夜。三年前まで悪党で名の知れた中学生でしたよね?」

 言葉の意味を理解したと同時、頭に血が昇るのが分かった。

「なん、で……知ってる?」

「あなたが思っているより、有名な話ですよ。普通は目が合ったからという理由だけで、騎士隊を三人も病院送りにはしませんから」

 しかし次の瞬間には、僕の頭は急速に冷めていった。

 ……知っている。この女は、僕の過去を知っている。目的を邪魔する可能性がある。

 なら――!

 一つの案が頭に浮かんだ。最善策だろう? そう僕が問いかける。

 聞こえないように、零した。

「……駄目だ」

 否定という答えを。

 目を閉じて、冷めた心に熱を注ぐ。それはどうにか成功したようだった。いつも通りの表情を浮かべることが出来ているはずだ。

「? 何ですか?」

「いや。それで君はどうするつもりなのかなって」

 それでも若干の敵意を込めて、睨みつける。対する紗智は僕を見て両手を振った。

 そして、

「何もしませんよ? サチはあなたを尊敬してるんです」

 はにかむように害意はないと言った。

「――は?」

「ですから、サチはあなたみたいな《悪党》になりたいんです!」

 何を言ってるんだろうか、この子。

「自由に生きて自由に死ぬ……ただし殺しはしない。格好いいですよ。正直、憧れていたんです。サインが欲しいくらいなんですが……?」

「いや、意味が分からな――」

「で、ですよね! 《悪党》がサインなんてしちゃ駄目です。さすが、分かってますね」

「……」

 僕が返す言葉に困って無言でいると、紗智は挙動不審となっていった。いったん椅子に座ったと思ったら、そわそわと落ち着かない様子でこちらを窺う。

 そして、一言だけ漏らした。

「やっぱサイン……」

「……駄目」

「うぅ」

 紗智は衝撃を受けた様子で教室を走り去った。さすがに気まずかったのだろう。

 だが、僕にとっても救いだった。

 尊敬なんてされたことないから、どんな顔していいのやら。

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