妖怪混ざり ~人間ヤめますか? 妖怪ヤりますか?~

狐島本土

第1話 東京は森の中

 東京は森の中にある。


「……うーん」


 八王子の看板を私は何度か確かめた。


 荒れ果てた中央道をたどって歩くこと一ヶ月、山と谷を越えて地図上では開けた関東平野に出ているはずの地点は、さらに鬱蒼と生い茂る木々に視界を遮られ、相変わらず先が見えない。


「こっから新宿まで……」


 高速道路はいよいよ崩れている。


 あの核攻撃から二十年。


 数百万から二千万とも言われる、だれも数え切れなかった死者と共に滅びたとされる東京のことを私たち日本人はあまり思い返さない。


 思い返したくもない記憶なのだろう。


 かつての首都とは言っても、戦後、三つに分断された日本列島で、日本国の名を受け継ぐ西日本地域からすればほとんど関係のない土地だからだ。もちろん家族や親戚を失った人も大勢いるが、戦争の原因はこちらの先制攻撃であり、反撃を受けたことを被害として声高に主張したところでだれも聞く耳など持たない。


 私からすれば物心つく前の話だ。


「また根っこ……」


 幹線道路があるはずの場所は、周囲の低層ビルを飲み込むような高さの木の根で塞がれている。説明は受けていたけど、実際に目の当たりにすれば異様な光景だった。


 放射能汚染の結果ではない、らしい。


 手持ちのガイガーカウンターは平常値を保っている。戦後、東京を復興することをだれも検討しなかったのは、戦争とは無関係の異変、爆発的に成長する植物群に飲み込まれたから、というのも納得しなければいけないのだろう。


 信じがたいことだけれど。


「ああ、もう。どんどん遠ざかる……」


 迂回からさらに迂回。


 二十年前の地図を頼りに東京に踏み込んだ私だったが、そこかしこで壁になる木の根に苛立っていた。まるで行く手を阻んでいるようだ。


「マコト、あの巨木には極力触れるな」


「なぜですか?」


「お前がこの任務の最初の人間ではない」


 上司の言葉を思い出す。


 私より先に、何人か、あるいはもっと多くが東京に向かい、ほぼ帰還しなかった。危険な植物がいる。それは唯一の帰還者が残した情報である。人の形をした木が人を食うのだそうだ。画像も動画もないけれど、ここに来て信じられないとまでは言えなくなっている。


 東京という街を飲み込んだ巨大な森。


 パラシュートによる突入を許さない空を埋め尽くす枝葉、真夏なのに肌寒ささえ感じる涼しい気温、廃墟でありながら爽やかすぎる空気、それでいて鳥の声ひとつしない静けさ、異質だった。


 動物どころか虫すら見ていない。


 どこから出てきてもおかしくなかった。


 根によって割れたアスファルトの地面から湧き出る水を調べ、飲めることを確認して、私は一息を入れる。植物を避けてこの先に進むのは不可能だ。しかし、対処法として携帯している火炎放射器でどうにかできる規模ではない。


「どうしたものか」


 透き通った水は冷たくやわらかく飲みやすい。ここに来るまでに泥水でも濾過して飲んでいたことを思えば自然が豊かでいい土地に来た感すらあるが、それがまた不気味でもある。


 人の形をした木。


「……どんな」


 廃墟と植物のコントラストの中に、真っ赤な色が動いて、私は立ちあがった。ここまでの藪を切り開いてきた鉈を構える。火炎放射器はどちらにしても最終手段だ。二十年の月日で堆積している枯れ葉や枯れ枝は見てきた。廃墟はほとんど燃えかすのようなものだが、なにが飛び火して燃え広がるかわかったものじゃない。


「にんげんだ」


 それは近寄ってくる。


「喋った……?」


 聞き間違いとは思えない。


 子供ぐらいの大きさの、木。


「おいしそう」


 木目が見える。木の皮がなく、加工されているかのように滑らかな、木彫。子供の姿、少女のように見えるのは、その背中に背負う赤いランドセルのせいだ。そしてその脚は地面に根を張り、土を持ち上げながら動いている。


 生きて動く木像?


「近寄るな!」


 私は鉈を見せつけ威嚇する。


「近寄るなら切り倒す……っ!」


 背後。


 がさがさと風もないのに揺れる葉音に振り返ると、私の倍は背丈のある男の姿の木像が覆い被さってこようとしていた。伸びてきた葉の生い茂った腕を反射的に切り払い、横っ飛びに転がって、私は走り出す。


 少女の姿のものは囮?


「にんげんだ」


「にんげん」


 その声は、地面から生えてきていた。


 囲まれている。


 知能を持って、人間を食おうと。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る