第十八談

 しばらくは盛大に噴火を続けていた真昼だったが、アマテラスの懸命な消火活動が功を奏し、時が経つにつれ次第に落ち着きを取り戻していった。


『真昼さんの気持ちはよく分かります。私ももう少し言葉を選んで話すべきでした』


「……すいません、私、勢いだけで酷い事ばかり言ってしまって」


『気にしないでください。抱え込んでいた不安が重すぎて神経が少し過敏になっていただけです。真昼さんが謝ることではありません』


 アマテラスはどこまでも優しく真昼をフォローした。そして、真昼の精神状態が鎮静したことを確認すると、先ほどから気になっていたことを質問し始めた。


『それで、先ほどは随分過激なことを言っていましたが、殺されるとか殺人鬼とか――それはどういう意味なんですか?』


「それは、そのままの意味です」


『真昼さん、私の調べた限りではあの場所にそんな恐ろしい人は確認できませんでしたよ』


「え?」


『実は真昼さん達があの場所を去ったあと、ちゃぼ子に頼んであの場所を調査してもらったんです。結論から言いますと、真昼さんが見たという人達は太陽系外から真昼さん達の星にやってきた異星人です。そして、真昼さん達が迷い込んだあの場所は、第四次元方向の近接座標に存在している、その方達の研究拠点を兼ねた宇宙船のような所です』


 異星人、四次元、おまけに宇宙船?現実味の無いSFめいた話に、(またからかっているの?)と、真昼は再び疑念を抱いたが、当のアマテラスは至って真剣な口ぶりで話しを続けた。


『地球にやってきた具体的な時期は定かではありませんが、恐らくそちらの時間で30年ほど前だと思われます。主だった調査は既に完了しているようで、初期の調査メンバーは彼らの母星に帰還済みのようです。でも、その後も専門的な研究のために何人かの研究員が地球と母星とを往来しているみたいですね』


「はぁ……」


 話自体はよくできているが、この突拍子もない話をどこまで信じていいものか?半信半疑の真昼に気づくことなく、アマテラスは話し続けた。


『まぁ、そのへんはデータベースに残っていたデータを軽く拾い上げた程度なので、正直なところ詳しいことまでは私も分かりません。ですが、その人達――その人達だと分かりづらいですね、ちなみに彼らの母星は“ペタ・ルネスカ”と呼ばれているようです。彼らの言葉で“水の多い星”という意味らしいですよ。なので、彼らの事はペタルネスカ人と呼ぶようにしますね』


「はぁ……」


『疲れましたか?』


「あ、いえ大丈夫です」


『そうですか。それで、そのペタルネスカ人というのは非常に温和な性格の方が多いようで、地球人に対してもとても友好的な感情を抱いているようです。その証拠に、彼らが地球に到着してから現在に至るまで、真昼さんが懸念しているようなトラブルを観測した記録はほとんど見つかりませんでしたよ』


「そんなはずないです!だって、私、見たんです!その宇宙人が誰かを押さえつけて腕を切り取っているところを!」


『……もちろん、ペタルネスカ人についてこちらで観測しきれていない事象もあるでしょう。ですが、蓄積されたデータを見る限りそんな事をするようには……真昼さん、その人達の特徴を話してもらえますか?』


「特徴?あ、えーっと、離れた場所からだったので詳しくは分かりませんが、パッと見は女の人のようでした。ただ肌が異常に白くて……背は地球人の大人と大差なかったかな。あとは……あ、そうそう!首元に変なものが付いていて、それが動いてました!」


『――うん、間違いなさそうですね。ペタルネスカ人の外見にほぼ一致しています。ちなみに、その腕を切られた人は赤い血を流していましたか?』


「もちろんです」


『では多分地球人ですね、彼らの血液は青色だそうですから』


 アマテラスは黙って考え込んでいるようだったが、突然、思い出したように真昼に質問を投げかけた。


『そういえば、さっき誰かを助けなきゃと言っていましたね?それは?』


「同じクラスの栄谷君です。栄谷君があの場所にいるって聞いて」


『聞く?そんな話を誰に聞いたんですか?』


「友達のしおちゃんから……」


『何でそのしおちゃんさんはそんな情報を知っていたのでしょう?……ペタルネスカ人について何か知っている方なんですか?』


「昔からあの人達を知ってるって言ってました。それで、栄谷君はあの場所にいるけど、そこにいる人達の邪魔はするなって、お互い不幸になるからって」


『どういうことなんでしょうか?……ちゃぼ子の報告では船内にいたのはペタルネスカ人の研究員らしい女性が2名だけとのことでしたが、どこかに隠されているのでしょうか?それに、しおちゃんさんが言っていたという、“邪魔をするとお互い不幸になる”というのも気になりますね……』


「アマテラス様、私どうしたら……」


『わかりました。ちゃぼ子にもう一度詳細に調査させましょう』


「本当ですか?!」


『はい、その栄谷君が本当に船内にいるのか徹底的に調べさせます』


「見つけたら助け出してもらえますか?」


 突然、天界から蜘蛛くもの糸が降ろされる。今まで感じていた嫌な重圧が一気に蒸発し、真昼は迷うことなくその糸にしがみついた。


 だが、その糸は降ろした本人の手によって無情にも切り落とされた。


『それは無理です。仮にその栄谷君が見つかったとしても私が救出を指図することはできないんです。それは地球人とペタルネスカ人のトラブルに直接干渉してしまうことになりますから』


「そんな!でも、私は助けてくれたじゃないですか!」


『あれは……その、状況もよく分かっていなかったということもありますし、そう、それに大事な巫候補ということで特別措置です』


「じゃぁ、栄谷君もその特別措置で助けてあげてください!」


『ですから、それはできないんです。真昼さんの気持ちも分かりますが理解してください』


「――じゃぁ、やっぱり私が行きます」


 真昼の声に微量の怒気を含んでいることをアマテラスは感じとった。そして、それは近い将来の大噴火を予見させた。


『でも、それは……』


「ペタルネスカ人は優しい人達なんですよね?じゃぁ私が直接行って連れ帰ってくれば問題無いですよね!」


『それはそうなんですが、しかし先ほどの話を総合すると不透明な危険性が否めません。真昼さん、まずは落ち着いてください。栄谷君の救出を考えるのは調査結果が出てからでも――』


「そんなの待てません!それに調査結果が出たところで助けてはくれないんですよね?!」


『諸々の安全性が確認されてから、ちゃぼ子と一緒に向かうというのはどうでしょう?」


「じゃぁ危険だったらどうするんですか?!」


『それは……』


 真昼のあまりの剣幕にアマテラスは返答に窮した。とは言え、大事な巫候補者を「はいそうですか」と送り出す気にはやはりなれなかった。


『まずは落ち着きましょう。焦っても何も良い結果は生まれませんよ』


「いえ、私、決めました。今からあの場所に行きます。行って栄谷君を見つけて助け出してきます」


『駄目です!落ち着いて下さい真昼さん。今のあなたは興奮で状況が見えなくなっています。そんな勢いだけで行って、もし想定外の災難に見舞われたらどうするつもりなんですか?』


「大丈夫です!」


 自信を持って断言する真昼に流石のアマテラスもたじろいだ。


『な、何が大丈夫なんですか、根拠も無くそんなことを言われても――』


「私には神様がついています!」


 一瞬、アマテラスは真昼の言葉の意味が分からなかった。


「もし私が危険な目に遭ったとしても、必ず神様が助けてくれます。そうですよね?」


 真昼に届いていたアマテラスの声は途切れ、束の間の静寂が脳内を支配した。依然として興奮がさめない真昼は静かにアマテラスの声を待った。



『……っぷ、ふふふ……』


 脳内に妙な声が響き渡る。どうやらアマテラスは懸命に笑いを堪えているらしかった。


『そうですね、神として大切な巫候補を見捨てるわけにはいきませんね。もちろん、私が責任を持って守りましょう』


 真昼は不敵な笑みを浮かべると、声を上げることなくその場で静かにガッツポーズをとった。


『でも、くれぐれも用心してくださいね。ささいなことでも疑問に思ったらすぐに私に連絡すること。いいですか?』


「わかりました!」


 真昼の元気な声を受け、アマテラスは苦笑いのようなため息をついた。


『――本当、そういうしたたかなところ、そっくりですね』


「え?」


『あ、いえ、こちらの話です。それよりも、一つ大事なことを聞き忘れていました』


「な、なんですか?」


 突然の神妙な声に真昼はワケも無くうろたえた。


『……栄谷君というのは、真昼さんと、その、どういったご関係で?』



 その後、幾つかの簡単な段取りを話し合うと、真昼は前回と同じく山歩き向けの服装に着替えた。


(勢いとは言え、まさかもう一度あの場所に行く羽目になるとはね……)


 厚手の上着に腕を通す最中、心に一抹の不安がよぎる。しかし、それは以前とは違いそれほど重苦しく嫌悪感に満ちたものではなかった。


(大丈夫、私には神様がついてるんだから!)


 真昼は玄関のドアに鍵をかけると、うだるような暑さの中、愛車にまたがり勇ましく家を後にした。

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