第2話

 四月になり、皆とプライベートな雑談をするようにもなった。お昼休みの時。

「部長は来月のゴールデンウイークはどこかに行くんですか?」

「沖縄に潜りに行く予定。」

「え~沖縄いいなぁ、ダイビングやるんですか?」

「毎年一回くらいはどこかに行ってるけど、去年は台風で行けなかったから今年は楽しみなんだよね。」

「だれと行くのかなぁ~、絶対一人じゃないし奥様じゃないですよねぇ」

「ダイビングやらない連れと沖縄なんて行ったら、連れが可哀相でしょ、一人ですよ。」

「部長、赤くなってません?」

「そう言うの下衆の勘ぐりって言うの。」

 そこに社長が、割り込んできた。

「今度のゴールデンウイークは役職者全員出社だぞ。」

「え~、うそでしょう?冗談ですよね。」

「これから職員を増やすから事務所の模様替えをする。机の配置を大幅に変える。業務中には出来ないから連休中に役職者でやるから、いいな。」

 後で業務次長に確認してみた。社長との付き合いが長いので本音を理解していると思ったからだ。どうやら本気らしい。

 本当にガッカリした。さすがに部長の役職で嫌とは言えない。数日後、フライトのキャンセル。レンタカー・ダイビングショップ・宿泊のキャンセルを全て済ませた。飛行機以外はキャンセル料はかからないけど、折角早割りで安いフライトが取れていたのに。本当に残念。

 そしていよいよ五月に入り、模様替えの話しが出るものと思っていたが一向に話がでない。おそらく一日で終わるレベルだろうから連休のどの日なのかだ。次長に「聞いてみてよ。」と振ってみたが、「いや、無ければ無いでいいと思いません?」確かに無ければ無い方がいい。でも腹が立つ。結局、何も話しが無いまま連休に入った。そして連休後の普通の休日に集合がかかり模様替えを行った。いったいどう言う考え方をしているのかさっぱり理解できない。


 ある日、元の営業部の同僚から電話が来た。

「武さん、新しい仕事慣れた?」

「まぁ、少しずつね。」

「来月の二日にゴルフコンペがあるんだけど、来られるだろ?」

「営業部のコンペ復活したんだ?」

「新しい本部長がこれから、二ヶ月に一度のペースで開催するって。」

「いいねぇ、たまにはワイワイ生き抜きしたいよなぁ。」

「じゃぁメンバーに入れておくから。」

「場所は?」

「決まったらまた連絡するわ。」

「そうっ、よろしく。」

 何年か前までは定期的に行われていたゴルフコンペだったが、また、復活するようだ。営業部の主要メンバーで、ゴルフをたしなむ人間はほとんど参加する。このコンペがきっかけでゴルフを始めた人間もいる。おそらく三十~四十人の参加。打ち上げで表彰式なんかもあって楽しい。この営業部が保険部門としては大票田なわけで、総契約数の八割はこの営業部からの成績である。おそらく武井が保険部門に誘われた大きな理由はこの人脈だと思う。各地区のほとんどの主要メンバーは顔なじみだ。これからの保険部門としての仕事にも役立つし、元の同僚達とも楽しめる。早速社長に、来月の二日に休みを取りたいと願い出た。百パーセント許可が出ると思っていた。が、しかし。

「ゴルフに行って成績が上がるのか?」

「いや、あの、営業部の主要メンバーがほとんど参加しますし、これからの繋がりと言うか付き合いも大切かなと思いまして。休んでも業務に障りは無いようにしますので。」

「行く必要はない。」

 あっさり許可されなかった。まさかの答えに少し驚いた。今までは一部門のトップだったので、こんなことでいちいち上司の許可など必要なかったが、今は直属の上司(社長)が同じ部屋にいるので許可が出なければ勝手な事はできない。武井は部屋を離れて元の同僚に電話した。

「おつかれ~。」

「どうした、元気ないな。」

「ゴルフ、行けないは。」

「あ~、なんで?」

「社長に用事頼まれてさぁ。」

「なんだよ、タイミング悪いなぁ。」

「そうなんだよ。」

「それじゃまた今度って事で。」

「わるいね。」

 (ゴルフに行って成績が上がるのか)なんて言われたとはさすがに言えなかった。

 その後二ヵ月後にまた、誘われたが今度は正直に事情を話した。

「なんだそれ、武さんとこの社長ってそんな感じなの?」

「まぁ、仕事熱心なんだろうね。」

「ちょっと違うと思うけどなぁ。」

 それからはニ度と誘われることはなくなった。


 それだけではない、その年に全グループ恒例の職員旅行の計画が流れてきた。今年は二泊三日の長崎旅行である。宿泊の関係で男性二人とか女性二人での申し込みである。業務のお局さんが社長に声をかけた。

「社長はいつ行くんですか?」

「忙しくて行けるか。そんな暇はない。」

なんとも冷たい答え。

 お局さんは全く意に介さず、誰と誰が何日の枠で申し込むとか、この日はどこそこの部門の誰かが行くから同じ日にしたいとか。締めで忙しい日をはずしたらどの日程がいいとか。他部署にも電話して日程を調整していた。

 毎月旅行積立金を共済会費と言う名目で二千円引かれている。当然足りないが、あとは会社の負担である。今まで社長は一度も行ったことがないらしい。そして毎年一言二言文句を言うらしい。どうやら社長の発言は恒例らしい。そして、まずはお局さんが明日出発と言う日に皆に挨拶をした。やはり社長から嫌味の発言があったが、本人は気にしていないようだ。

 そして武井は業務次長と一緒に行くことになっている。なかなか言い出せないでいたが、社長との付き合いが長い次長に任せた。武井もちょっとずるい。結局旅行の二日前に次長が報告し、その横に武井が並んだ。顔に怒りの感情が見てとれた。今までに見た事の無い形相だ。日程的に業務に障りの無い日を選んでいたが、やはり嫌味の言葉があった。

 旅行当日、空港で次長に気にならないかを尋ねたが慣れているのか、「大丈夫ですよ。」と平然と朝からビールを飲んでいた。職員旅行は職員の権利ではある。と言うか、武井が本体の営業部に居たときは、極力全員行けと言っていた。会社が皆の為に用意した旅行なんだから一人でも多くの職員に行かせろと言うのが上の指示で、武井も部下にそう言っていた。かなりの温度差を感じた。

 そして楽しい三日間を終えて出勤初日。朝、「おはようございます。」と挨拶と同時に入室すると同時に社長が、「二人、ちょっと来い。」武井と次長は八階の会議室に連れていかれた。

 朝の九時からお昼前まで説教された。内容は「旅行に行くなとは言わない、業績がどうなっているか理解しているのか?」このフレーズで二時間半説教されたが最後の頃の内容は保険とはどの様な内容なのかと言ったセミナーみたいになっていた。

基本的に真面目な人で仕事以外に趣味はあるのだろうか?部下が遊んでいるのが気に障る?それはちょっと変な話し。武井はそのころから、社長はちょっと今まで会った人とは違うなと感じ始めた。

 社長の靴は常にピカピカである。スーツも毎日替えている。車が汚れているのを見たことがない。一人で生活しているらしいが身の回りの事は完璧かも知れない。雑談で料理の会話をしていたら横から入ってきたことがある。かなり凝った料理も作れるらしい。健康管理にも気を使い、毎日早朝に十キロ以上早足で歩くとか言っていた。有名大学の法学部を卒業して、その後一部上場企業のホテル部門で海外勤務。自分はエリートだったと言っている。自分で言うのもどうかと思うが。その後保険業界に転職して、ヘッドハンティングで当グループの保険部門の社長になった。保険の知識は誰よりも明るい。更にグループ内でこの社長以外、保険に精通した人材はいない。

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