エスケープ0

新月 にどね

第1話 墜落した少女

「はい、あげる。」

楓はそう言って焼きそばの紅しょうがを君に寄越してくる、君は喉に詰まった麺をラムネで流し込む。横で熱々の焼きそばと格闘する彼女をよそに君はスマホで時間を確認する【20:41】の表記を見て彼女に、

「それ、食べ終わったら帰るか。」

と君は言う。彼女は口をパンパンに膨らませたまま首を縦に振る。君は彼女が食べ終わるのを隣で待つ。

「楓―、一緒にまわろうよ。」

楓は早々と焼きそばを平らげ返事をする。

「うん。」

楓は立ち上がり友達の方へ走っていく、君は彼女に向かって言う。

「門限9時だぞ、もう帰らないと。」

彼女はハッとした素振りも見せずに、「10時過ぎには帰るし大丈夫だよ。」と言って睨んできた。君は一人、ゆっくりと歩き始める。公園を出るとそこは住宅街で一気に暗くなった。普段はこの時間に人気がないこの場所も、祭りから帰る家族連れが夜話に花を咲かせていた。少し歩くと、周りの人が君を指差して何か言っている。君は自分の服装を確認するが特におかしな点は無かった。君は人々の注目が君自身に向いていないことに気がつき後ろを振り返る。君がこちらに向かってくる何かを視認すると、それは頭をかすめ、次の瞬間には大きな音をたて墜落していた。コンクリートの道路には小さなクレーターが出来ていた。中心には白髪の少女が裸体を晒し、横たわっていた。少女の傷口からは赤や緑の配線や、機械的な基盤が露になっていた。君は体を一切動かさず、脳を回す事だけにエネルギーをさいた。それでも目の前の状況を理解するにはいや、受け入れるには30秒ほどかかった。通行人が白髪の少女をスマホで撮っている。それも一人ではなく、その場にいたものの半数以上が裸体にカメラを向けている。絶え間ないフラッシュに嫌気が差した君は、白髪の少女のすぐそばまで歩み寄り少女を抱き上げると、カメラの群れから一目散に逃げ出した。人々は君を追いかけることはなく、ただ立ち尽くしていた。一心不乱に走った君は雑居ビルと居酒屋の間の裏路地で息を切らしていた。彼女を居酒屋の壁にもたれさせたところで、君は彼女の向かいに座り込み一息つく。呼吸が整い彼女に目を向けると彼女が裸だということに気づき、来ていたパーカーを被せる。すこしすると彼女の頭に付いた「巴」のような髪飾りが宙に浮き、細長い管を彼女の肩や太ももに突き刺した。君は何がどうなっているのか分からず、それを見ていることしか出来なかった。しばらくすると彼女は眉間にシワを寄せ、何度かまばたきをしてから立ち上がった。

「ねえ君、名前は?」

彼女は右手にパーカーを持っている、「隠せよ」と君は思った。

「俺は如月文也・・・」

「君は?」と付けたすつもりだったが彼女は隙を与えない。

「そう、ありがとね文也。」

彼女はそう言うと、パーカーを君に手渡し背中を向けて歩いていく。深夜の暗さが彼女を隠しきる寸前、君は何を思ったか、大きく息を吸い口を開く。

「お前、行くあて無いだろ、俺の家来るか?」

彼女は驚き、君の方へ振り向く。何気ない顔で歩き始め、右手を君の前に付きだしてくる。君がどうして良いか分からず考え込んでいると、

「服。」

小さな声でそう言ってきた。君が急いで渡すと、

「ありがと。」

彼女が味気ない返事を返してきた。君は彼女に聞きたいことが山ほどあったが、危険なものは避け無難なものを選んだ。

「君、名前は?」

彼女は君の目を見つめた。その場の空気が凍ったように感じた。

「無い、しいて言うなら0号かしら。」

彼女はそう言い放つと立ち尽くす君を背にスタスタと歩いて行く。

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