おとしもの散歩隊
反田 一(はんだ はじめ)
おとしもの散歩隊
「あらあら、こんなところに希望が落ちてるわ」
トメさんがそう呟いたのは、僕がまだトメさんと出会ったばかりの頃だった。
そうでなくともトメさんは独特な人だったのに。
新任早々の僕をトメさんに充てるのは、今考えてもおかしな話だ。
独特と言っても、気難しいわけではない。
ただ、感性が独特なのだ。
初めの頃はトメさんの言うことに戸惑うばかりだった。
「え、希望ですか」
トメさんの視線の先には何もないように見える。
「ほらだってあの人、あんなに下を向いて」
トメさんの指差す先には背広姿の男性が歩いていて、たしかにうつむき加減だ。
「きっとどこかに落としてきた希望を探しているのよ」
おとしもの散歩隊。
その付き添い役が、僕に与えられた仕事だった。
トメさんはいつも散歩隊に参加していた。
散歩隊は最初、その名前の通り散歩をすることを目的として結成されていた。
その後、名称が変わった。
ただの「散歩隊」から、「おとしもの散歩隊」へ。
自分の健康だけでなく、それに加えて他者に貢献できる可能性も秘めた名称変更だった。
おとしもの散歩隊への参加は、そのときによってまちまちだ。
団体のときもあれば、マンツーマンの場合もある。
トメさんは普段は物静かな人であったが、散歩には積極的だった。
散歩隊の中でもベテランの部類に入る。
そんなトメさんにはある特技があった。
それは、散歩をしているときに落とし物に気づくのが誰よりも早いこと。
トメさんは過去に、キーホルダーやライター、手袋などの小物から、財布や鍵などの貴重品まで様々なものを拾ってきた。
トメさんは言う。
「今までの落とし物の中で一番愉快だったのはネギね。綺麗で見事なネギ。それが道の真ん中に落ちているのを見つけたのよ。あれは爽快だったわ」
トメさんの落とし物の対処方法は2種類ある。
例えば、鍵や財布などの”大きな”落とし物は、迷わず近くの事務所や交番へ届ける。
ただ、”小さい”落とし物の場合は、近くに交番などがあったとしても道の脇の縁石などに置き直すに留める。
トメさん曰く、片方の手袋をどこで落としたかも分からない人が、わざわざ近くの交番を訪ねることなどない。
まずその手袋は諦める、とのこと。
落とし物と落とし主の再会を、何よりも優先しているようだった。
「あら、桜の花びらが落ちてるわねえ」
公園の入り口。
数段ある石階段がピンク色に彩られているのを見つけたトメさんが言った。
見上げると、すぐに落とし主が判明した。
石階段のすぐ横、ピンク色の花びらを付けた桜の木が、空に向けて手をめいっぱい広げている。
爽やかな風に花びらが舞う。
ここ何週間が楽しませてもらった景色も、そろそろ見納めになりそうだ。
子どもたちの声が遠くから聞こえる。
小学校に面した敷地の広いこの公園は、子どもたちの人気者だ。
この公園にはちょっとした展望スペースがある。
高台になった公園からは、線路の向こう側の街が一望できる。
今日はそこまで行くことが目標だ。
緩やかなスロープを、トメさんと登る。
足取りはしっかりしている。
道には、枝を大きく広げた木によって生まれた影ができている。
日差しを和らげてくれて、ありがたい。
葉のトンネル道を辿った先、展望広場に出た。
眼下に街の景色が広がる。
街は、駅を中心に繁栄している。
大小さまざまなマンションや一軒家、商業施設が混在して見える。
背の低い建物ばかりのため、遠くまで色とりどりの屋根を見ることができる。
天気が良いからなおさらだ。
「陽の光が落ちてますね」
僕が言うとトメさんは、
「そうね」
と返してくれた。
「こんなに大きな落とし物は拾えませんね」
と言うと、
「そんなことないわよ」
とトメさんが言う。
僕はトメさんを見た。
トメさんはポーチから携帯電話を取り出して僕に渡してくる。
僕は、携帯電話の画面はカメラモードになっているのを見て納得した。
僕は携帯電話を構える。
街全体が入っているのを確認してから、撮影ボタンを押した。
トメさんに返した画面の中には、しっかりと光の街が収められていた。
ある日、女の子がトメさんを訪ねて来た。
女の子は両親と思しき二人を伴っている。
母親らしき女性が受付で何かを尋ねているようだ。
その会話の最中、何かに気づいた女の子が、受付のすぐ先の談話スペースで車椅子に乗っていたトメさんへ駆け寄った。
何やら話している。
両親らしき二人も後に続いた。
トメさんの家族だろうかとも思ったが、どうもそういうわけでもないらしい。
ふと、女の子が持っている人形に目が行った。
見覚えがある。
そうだ。
あれはトメさんが拾った人形だ。
たしかその人形の落とし物を交番に届けたのだ。
トメさんは交番でもすでに有名人だったから、女の子が人形と再会したときにきっとトメさんのことを教えてくれたのだろう。
交番からここは、目と鼻の先だ。
トメさんが人形を拾い上げたとき、僕はその人形を道の端にただ置き直すだろうと思っていた。
ただ、予想に反して、トメさんは交番まで人形を届けたのだった。
トメさんは言った。
「大人にとっては違っても、子どもにとっての宝物はそのように扱ってあげないといけないのよ」
女の子と話しているトメさんは嬉しそうだった。
その人形を拾った日から散歩に出ることができていない。
そして、その一年後にトメさんは天へ昇っていった。
結果的に、その人形がトメさんが拾った最後の落とし物となった。
いや、それは違うだろう。
僕は空を見上げる。
雲一つない青空が広がっている。
散歩するには絶好の日和だ。
おとしもの散歩隊 反田 一(はんだ はじめ) @isaka_haru
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます