絵姿の君

凰 百花

第1話 物語の始まり

 街外れに雑貨屋が一軒ある。この雑貨屋は手先の器用だったジョンが日用品を作って露天で売り出したことから始まっていた。

小器用なジョンはその器用さで売っている商品をその場で、お客さんに合わせてちょっとした工夫をしてくれる。例えば子供用の木の食器をその子に合わせて調整してくれるのだ。また兄弟でも自分の食器が判るように名前を入れてくれたり、その子が考えた印を入れてくれたりと小さなサービスをしてくれる。


そうして色々な物を扱いだして街外れとはいえ小さな店を持てるようになった。

徐々に手広く扱うものを増やしていき、王都まで出向いて仕入れにもいくようになり様々なものを売るようになった。

王都に行くときにはついでに街の人達の買い出しも引き受けていった。


 その街外れの雑貨屋のジョンが、行き倒れの娘を拾ってきたと聞いた街の人々は、相変わらずジョンはお人好しな事だと噂した。ジョンは面倒見が良くて厄介事に巻き込まれやすい傾向があるので、街の人達も気にかけているのだ。助けられた娘も運の良いことよ、と噂は付け加えられていた。


その娘がジョンの家を出ていくのか居座るのかと人の口の端にのぼるころには、ジョンとその娘、マリンカが所帯を持つこととなった。ジョンの一目惚れだという。働き者のジョンは、ますますまめに働くようになった。


 所帯を持ったマリンカは魔道具師だという。自分について詳しいことはあまり話さなかったが、どうにも働いていた工房で何かあって出てきたらしい。

日用雑貨なども作れるという話だったので、マリンカに幾つか作ってもらったところその道具がなかなかの出来だった。

ジョンは長年かけて目利きができるようになっていた。安くていい品物を見つけるのが上手いのだ。人が良いだけでなく、商売の駆け引きも心得ている。それでなければ露天商から小さいながらも自分の店を構えるまでにはなれない。


商才というのもあったのだろう。それはともかくマリンカの作った道具はとても使いやすく、魔道具もお手頃の値段だと評判になった。

店の作業場は整理され、マリンカの道具づくりの工房になった。店にはジョンが作った小物と王都から仕入れてきた様々なものをおいていたが、それらに加えてマリンカの作った道具や魔道具もよく売れるようになった。

そのためなのか、ジョンはとんと街から出なくなった。結婚後、王都への仕入れにまったく行かなくなってしまったのだ。もちろん、街の人達の買い出しも断っている。


「ねえ、ジョン。アラン・サルドの新刊を買ってきておくれよ。」

「スティーブン、悪いな。俺はもう王都には行かないことにしたんだ。」

「どうしてだい。」

「だって、かわいいマリンカの顔が毎日見れなくなってしまうなんて、無理だ!」

「じゃあ、奥さんも一緒に連れていけばいいじゃないか。」

「マリンカに野宿させるなんて、駄目だ。」


 店頭でそんなやり取りを聞いた街の絵師が、

「それなら、俺が奥さんの似顔絵を描いてやろう。それをもって王都へ買い出しにいくのはどうだろう。かわいい奥さんに王都のお土産をかってきたら、喜ぶんじゃないか。」


 絵師も足りなくなった絵の具を頼みたかったので、そんな申し出をしてきたのだ。それに道具作りで表にあまり出てこないマリンカの顔を見てみたいという下心もあったのかもしれない。

ジョンはその申し出を考えてみた。絵師の腕は確かだ。きっとマリンカの似顔絵は良いものになるだろう。

王都に行けば新しい商品も仕入れられるし、買い出しの代理で得る駄賃でマリンカにお土産も買ってこれるだろう。


今まで買い出しを引き受けていたこともあり、断るのも心苦しくはあったのだ。

マリンカのことは隣のエバンスさん夫婦に頼んでいけば大丈夫だろう。今までだってジョンが仕入れに行っていたときは店は閉めていたのだから、店も閉めていけば良い。ジョンは絵師の申し出を受けることにした。


 絵師はマリンカを目の前にして、成程と納得した。マリンカは愛らしく美しい娘だった。ジョンが夢中になるのもうなずけるというものだ。マリンカとジョンは仲睦まじく、一緒にいるとこちらまで幸せになりそうだ。絵師はジョンをみて幸せそうに微笑む彼女を描きあげた。


「これは幸福になるお守りとして売れそうだ。」

 絵師は冗談交じりに言うと、ジョンが慌てて止めてきた。

「そんなの、駄目だよ。」


 絵師は苦笑いをして

「冗談だよ、冗談。いやなんか見ているだけで、幸せな感じがするからさ。やっぱりモデルがいいからかな。」

「あんたの腕も良いからだよ。」

 ジョンは嬉しそうに絵師を褒めた。

「こんな美人に描いてくださってありがとうございます。これでジョンが仕入れに行ってくれる気になって、感謝します。」


 マリンカがにっこり笑ってお礼を述べた。絵師は気のいい2人にほのぼのとした気持ちを抱いた。そうして、ジョンはマリンカの似顔絵を手に王都へ仕入れに行くことになった。

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