第8話 3日目、問題未解決
本日3日目。
目覚めた私は、カイのお腹に顔を埋めた。
ここ連日、よく眠れていない。
このままでは任務に動けない──!
手袋をはめ直した私をカイは片目で見て、布団にもぐっていく。
『まだ6時前じゃねぇかぁ……もう少し寝ようぜぇ』
時計を見ずに時間をあてたカイにイライラしながら、私は身支度を整えていく。
今日は休みだが、動かないと解決は、絶対に、ない!
気持ちを入れ替えるためにも、私は身体を動かすことに決めた。それからラボに向かおう。
淡々と準備を進めていくなか、身支度が整ってのを見てか、のっそりとカイが布団から出てきた。
『なあ、梟、食堂でコーヒーでも飲もうぜー』
コーヒーメーカーがあるので、時間関係なしに自由に飲める。だが、ラボに行けばお茶汲み傀儡が持ってきてくれる。こちらの方が美味しい気がする。
私が声に出さず、顎を突き出すと、
『わざわざラボ行くのかよぉ……』
とてもめんどくさそうだ。
おかげで彼はよじのぼった私の頭から降りてくれないが、そのまま外套をまとって、庭園へと向かう。
広めの場所で簡易的な準備運動を始めると、カイが空気を読んだようだ。
『え、あ、ここで、走るのかよ! ねーよ!』
『ウルサイ』
軽くジャンプをし、身体の調子を見る。
少し鈍っている。
大きく首を回し、肩を回して走りだす。
『お、おおおおっ! いきなりダッシュはねーって!』
叫ぶカイを無視し、私は軽いトレーニングを開始。
頭にしがみつくのがいただけないが、しょうがない。
制服に外套で体を動かすのは難しいかと思えば、そうでもなかった。
傀儡での試合も制服で出ているのを思い出し、機能性に長けた制服なのだと理解する。
ダッシュと足運びのステップをいくつかこなしてから、シャドーボクシングに移る。
霧に沈む庭園で見えない敵に向かって拳を突き出し、ラボへとゆっくり進んでいく。
私は呼吸を整え、身をかがめ、ステップを繰り返しながら、改めて眠った彼らの目覚まし方を考えいた。
間違いなく医者の領域になるが、いくつか薬の投与もあっただろうし、強い刺激も行ったように思う。
それでも目を覚さない理由はなんなのか……?
『右、右、ストレート、ジャブ、ジャブ! ほら、キレ落ちてきたんじゃねーか?』
私が短い助走からムーンサルトを決めた。
途中、頭からぽーんとカイが飛んでいく。
猫らしく芝生の上に綺麗に着地を決めると、毛を逆立て、尻尾を丸めて叫びちらす。
『ビビるじゃねーか!』
『ウルサイ』
言い返すが、シャーシャー唸るカイを無視していると、彼もトコトコついてくる。
『な、三門の妹さ、逆さにしたら、目、覚めるんじゃね?』
私でもそれくらい考えていたと言いたいが、言い返すのが面倒くさい。
肩をすくめて、無理じゃないかと伝えてみるが、カイは本気のようだ。
『夢を見ているってことは、レム睡眠だろ? 逆に言えば眠りが浅いんだから、目が覚めやすいってことじゃねぇか』
それくらい私もわかっている。
だが、目が覚めていないのだ。
天狗党員が起こしたテロの際は、昏睡状態のまま、テロに人間を使用している。
だが操者が必要だ。
プログラムで動く傀儡ではないため、人間に糸をつなげる機械を取り付け、操作する必要がある。
だが、現在の厳重な警備看護のなか、取り付けるのは無理だ。
なら、いつ、どこで、人に機械を取り付けるつもりなのか?
いや、すでに何らかの方法で取り付けられている──?
確かに、仮に明日のパーティで彼らを使うつもりなら、今日からでも仕掛けがされるはずだ。
病院内のスタッフが天狗党員なら、簡単な作業になる。
しかし、明日の警備は厳重だ。
持ち込めるものも限られていると聞く。
そうだとしても近づくことは容易ではないが、難しいことでもない。
ただ、前回のテロは、報復に近い。
今回は、報復される出来事はない。
それでもティアラを狙っている理由は簡単だ。
歴史的価値はもちろん、天狗党の教祖と呼ばれる初代鞍馬が造ったものだからだ。
初代鞍馬もまたここの卒業生であり、蒸気石彫刻の歴史的な人物。
彼の象徴とも言えるティアラを取り戻そうとするのは、恒例行事みたいなものでもある。
(噛み合わない)
唇でつぶやくと、カイが読み取ったようだ。
『お、梟が弱音とは珍しいなー。やっぱ、無理なんじゃね?』
(うるさい)
1時間程度をかけてゆっくりたどり着いたラボだが、エリア自体が静まり返っている。
私は慣れない手つきで、渡されたラボの鍵を回していく。
鍵は蒸気ロックが外れると同時に、室内の発条が動き、蒸気管が歯車でカチカチと噛み合いながら、薄暗いラボ内に蒸気灯が点っていく。
カンカンと鳴る蒸気管の音を聴きながら、三門の真似をして缶にしまってあるコーヒー豆を入れ、ボタンを押すと、蒸気を吐き出しながらコーヒーが落ちはじめた。
『お茶汲みちゃん、起こしてやんないとなぁ』
カイは足元でまだ寝ているお茶汲み傀儡のスイッチを入れてくれる。
彼女はカイに小さくお辞儀をして、コーヒーの準備にとりかかっていく。
『ここの傀儡はみんな、いい子だなぁ』
カイの言い方には少し棘がある。
従順すぎる、という意味だ。
一方、カイは自由すぎる。と、私は思う。
『イイコ』『イテイイ』
カイはふんと鼻を鳴らし、そうじゃなくてよ。と続けるが、ちりんと足元で鈴が鳴った。お茶汲み傀儡だ。
私はコーヒーを受け取り、作業テーブルにそのまま腰を下ろして、ラボを見渡した。
古典傀儡が天井からいくつも下がり、部品ごとに区分けされた棚が並ぶ。
蒸気石独特の酸味のある匂いが充満して、少し落ち着かない。
三門は、先輩とどんな会話をしながら傀儡を創り上げていたのだろう。
先輩も、どんな先輩だったのだろうか。
男性だろう。
……いや、女性とか?
気にする必要などないこと。
……ないことだ。
私はもう一度コーヒーを飲み込み、手元の事件資料を手に取った。
寮内の資料室から引っ張ってきたものだ。
学生新聞だが、テロ事件の様子が描かれている。
ただ古い新聞の写しのため、文字がところどころつぶれている。
『生■者の一人である■■美さんは語る。■■かと思ったが、私はここにいる。動かされている間は意識はな■、目が覚めたときに絶望した。た■■■で気を失ってい■だけなのに■形よりも酷い扱いの中、私■生き残■』
読み飛ばす。
『■のおまじ■いが生徒■■で流行っているという。■■■倭国を讃え』
なんだこれは。
私は資料を目の前にかざしたとき、閉じていた扉が唐突に開いた。
「……え、あ。おはよう、梟、カイ。あー、びっくりしたぁ」
そこにいたのは、三門と、大型傀儡だった。
大型傀儡は、車椅子で眠る美少女を押し、さらに傀儡の肩には荷物が下がっている。
「昨日戻ってこなかったから、とうとう逃げたのかと思ったよ」
満面の笑みで言う三門に、私は口元だけで笑って見せる。
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